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第16話 3-5
いよいよキリが『desvío』を卒業する日が近づいてきた。ここで出会ってから約半年間、本当にあっという間だった。
その日店にいつも通り行くと、ウィローはとてもかわいらしい顔立ちの女性に声をかけられた。彼女はこの店の制服を着ているから店員なのだろう。しかしウィローは見たことのない人だった。
「君、キリと仲良しくんでしょ?」
「えっ、まぁ...。」
「今度キリの送別会を店でするの。よかったら来ない?」
見た目に反してとてもサバサバした感じの女性で姉御肌っぽい雰囲気を持っている。彼女に圧倒されながらも返事をする。
「俺、店員じゃないですけどいいんですか?」
「大丈夫よ、キリの唯一の常連なんだから!キリも喜ぶわ。」
彼女はそう言ってウィローに送別会の日時を知らせてくれた。送別会は店の定休日の月曜にするようだ。
当日。誘いを受け了承したもののいざ行くとなると尻込みをしてしまう。「客は自分一人なのだろうか。」その場におおいに浮きそうな気はしたが、せっかくなので仕事を早く終わらせ、腹をくくって店に向かう。なにか送別の品を用意した方がいいと思い、ウィローはここの名産の酒を購入した。
予定通り、店は閉店中になっている。ドアは空いているからと聞いていたのでドアに手をかける。
ガチャ。
開いた。そっと店内を覗き込むようにして店に入る。
「こんばんわ、こっち。」
ウィローに気付きあの女性が指定の場所へとウィローを案内する。ウィローは指示された椅子に腰を下ろした。テーブルには旨そうな料理が用意されている。店内には既に数人がいるが当然だが知らない顔ばかりだ。カウンタ―の奥側を初めて目にすると、そこで店長と誰だろうか、ガタイのいい男性が話し込んでいる。
あとは学生っぽい者が四人。ウィローが知っているキリもカツラもまだいなかった。
「おつかれ。」
急に耳元で声をかけられびくっとする。ウィローが振り向く間もなくカツラが隣の椅子に腰を下ろしていた。
「どうもっ。」
ウィローはごにょごにょと返事をする。全くこの人は心臓に悪い。彼は今日は私服で着る人を選ぶ服装だった。長い手足が余計に目立ち、彼のスタイルの良さを強調している。隣にいるのは少々気が引けた。
「あいつ、主役なのに遅れそうだ。」
カツラが誰ともなく話すと、例の女性が合いの手を入れる。
「なによ?また忘れ物?」
二人の会話についていけずにウィローがぽかんとしているとカツラが説明しだした。
「キリは忘れ物の常習犯なんだ。携帯忘れた、財布忘れた、鍵をかけ忘れた。」
「あとどれくらいで来れそうなの?」
「30分ぐらい?」
主役のキリが来るまでにウィローのためにみんなが自己紹介をしてくれた。カツラが提案してくれたのだ。この人はすごく気が付く。ただ一人の部外者であるウィローが気まずくならないように取り計らってくれているようだ。「だから彼は俺の隣の席に着いたのだろうか。」ウィローは一人納得しみんなの自己紹介に耳を傾けた。
最初に声をかけてきてくれた女性はホリー。
ガタイのいい男性はシュロ。
この二人は『desvío』歴はカツラとほぼ同じで三人は社員だ。
次にバイト女子のマキ、カヤ、同じくバイト男子のイチイ、サワラ。他にも数人いるらしいが今日は都合が悪く来れなかったらしい。ちょうどみんなの自己紹介が終わったところでキリが到着した。
「すんません、遅れてしまって。」
キリがようやく到着した。彼は顔を下げ両手を頭の前で合わせてごめんなさいをしている。
「もうっ、毎度のことなんだから。じゃ、始めるか。」
ホリーの声が合図となり用意されていた様々な酒がグラスに注がれる。全て店長のおごりだという。太っ腹だ。聞けば、キリはバイトの中で一番古く、カウンターに入れるバイトはキリしかいないようだった。働く人たちはいい人たちばかりだが、こだわりの強い客や覚えることも多いから、なかなかバイトは長続きしないらしい。今日いる四人はバイトの中ではキリに続く古株とのことだ。
「あと、あれもあるもんね、カツラ?」
ホリーが重要なことを思い出したようにカツラに話を振る。
「え?」
その途端事情を知らないウィロー以外のみんなが「あぁあ、言っちゃった。」という雰囲気になった。ウィローはわけが分からず「えっ?えっ?」と首をカツラとホリーにキョロキョロとむけるので、ホリーが笑い出した。
「ちょっと、ウィロー。なんのことかわからないよね、確かに。」
「はぁ...。」
ウィローの隣のカツラは何故か不機嫌だ。
「キリ、あんたも似たようなもんでしょ。ウィローに教えてあげたら?」
「えっ?俺は違いますよっ。」
「はいはい、わかったから。」
いったいなんのことやら、ウィローの頭の中は?マークだらけだった。
「俺は素敵だなって憧れているだけですからっ。」
「もうっ、キリったら。あのね、ウィロー。ここの仕事は確かに大変だけどやり甲斐はあるの。こなせるようになると楽しいしね。」
ホリーの言葉にバイト達がうなずいている。彼らは実際に経験済みなのだろう。
「でもね、一つだけ注意しないといけないことがある。」
注意しないといけないこととはなんだろう?息を飲んで次の言葉を待つ。
「カツラを好きになってはいけない。」
「えっ!」
思わずウィローは声を出しカツラを見てしまった。タイミング悪くカツラもこちらを見ており間近で目が合った。気まずい。
「それって俺のせいじゃないだろ。」
理不尽だという感じでカツラが答える。
「それはもちろんそう。でも今までに何人いた?あんたに振られてやめていった子たち。」
ホリーは指を使って数えだした。バイト達はクスクス笑っていて、キリはなんだか気まずそうだ。そこに席を外していた店長がやって来た。
「ほれほれ、カツラいじりはそれぐらいにして。酒飲んで、料理食って。」
先ほどのことはホリーがカツラをからかっていたらしく、みんなの様子からして毎回やっていることのようだ。ウィローはこの店で一番強いのはホリーなのだと感じた。
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