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第17話 3-6

「キリ、むこうでも頑張ってね。落ち着いたらここで一緒に酒を飲もう。」 「ありがとう、ウィローさん。」 そろそろ送別会もお開きの時間だ。それぞれがキリに声をかける。彼は必至に涙を我慢しているようだ。 「キリ、元気で。一緒に仕事ができて楽しかった。」 「ホリーさん。最初はちょくちょくいじめられましたけど。俺も楽しかったです。」 「あんたね。」 ホリーは一瞬怖い顔になるがすぐに笑顔にもどり、カツラに話しかける。 「カツラ。最後にキリにほっぺにキスでもしてあげたら?」 「ちょっとっ!ホリーさんっ、やめてくださいよっ!俺そんなんじゃないですからっ。」 ウィローは彼らのやり取りを見てそういうことなのかと納得した。当のカツラは全く気にしている雰囲気ではなかったが。これも毎回のやり取りなのだろう。 「キリ、お前のおかげで仕事がやりやすかった。いろいろ助かった。これ。」 カツラはそう言って綺麗に包装された箱をキリに手渡す。 「店長オススメの酒の詰め合わせだ。俺たち皆から。」 「店長、カツラさん、みんな、ありがとう。」 キリは(こら)えていたものが決壊してついに涙を流した。バイト達も涙を拭いている者たちがいる。素敵な仲間を持つこの人たちがウィローは無性に羨ましかった。ウィローも帰り際にキリに用意しておいた送別の品を彼に渡し、店をあとにした。  仕事がたてこんでいたので送別会からしばらくたって『desvío』を訪れると、もちろんそこにキリの姿はなく、ウィローが腰をかけるお決まりのカウンターには珍しく店長がいた。 「いらっしゃい。」 「どうも、こんばんわ。」 店長はなにやら難しい顔をしている。なにかあったのだろうか?いつも通り一杯目はオススメの酒を飲み、旨い料理を口に運んでいく。すると奥からホリーがやって来た。 「ウィロー、こんばんわ。」 ホリーはウィローに気付き、気さくに声をかけてくれる。 「こんばんわ、ホリーさん。」 ホリーは挨拶後すぐに店長に話しかけている。所々内容が耳に届く。「無理って...着替えて....続かない....どうしよう?」話の内容がつい気になり二人を凝視してしまった。ウィロ―の視線に気づきぱっと二人がこちらに顔を向ける。 「あの、なにかあったんですか?」 「ははは。ウィローには言ってもいいよね?」 ホリーが事情を話していいか店長の了解を確認する。 「うん、まぁ。」 「あのね、キリの代わりに入った子が帰っちゃって。多分辞めたなって。」 「えっ?」 「参ったな。」 店長は本当に困っているようだ。 「やっぱり仕事大変なんですね。」 詳しい事情を知らないウィローがそう言うとホリーと店長が顔を見合わせた。ウィローは「なにかまずいことでも言っただろうか。」と不安になる。 「もう三人目なの、辞めた子。」 「えっ。」 キリが辞めてからまだ一月ほどしか経っていないはずだ。入れ替わりの激しさにウィローはお驚いた。 「求人にあまり載せるとイメージ悪くなるかな?」 「そうねぇ。なにか問題のある職場だと思われかねないかも。ある意味問題ありだけど。」 「うーん。」 店長は相当参っているようだ。いったいどういうことなのかとウィローは不思議に思い様子を見ているとホリーがことの顛末を説明してくれた。 「来る子たちが皆カツラのこと好きになっちゃって。自分に好意があると思ったらあいつ態度が辛辣になるものだから、女の子たちはいたたまれなくなって辞めちゃうのよ。」 「えっ!」 送別会の時になんとなく話は聞いていたがまさかこれ程とは。 「今回特にひどいわね。採用したのが若い女の子ばかりだからかな?」 「カツラは別に悪いことはしていないから。」 「でももうちょっと大人の対応ってものがあるでしょ。ばっさり切っちゃうんだから。あれは傷つくわよ。」 次の瞬間、ウィローは無意識に店長に言っていた。 「あの、俺じゃだめですか?」 「え?」 「え?」 店長とホリー、二人が一緒に驚きの声をあげた。ウィロー自身も自分の発言に驚いたが、これは運命なのだと実感できた。 「今の仕事引き継ぐのに一月ほどかかりますが、時間が許す限りは店に出て一生懸命がんばりますから。」 「うちとしては助かるけど本当にいいのかい?」 「大丈夫です。俺、この店でみんなと一緒に働きたいです。お願いします。」 ウィローは頭を下げた。 「いいんじゃない?本人がそう言ってるし。なにより、ウィローはカツラには恋しないでしょ。」 「はぁ。その心配は無用です。」  こうしてウィローは『desvío』で働くことになった。仕事の掛け持ちはきつかったが、不思議と店で過ごす時間は苦痛ではなかった。覚えることが多く、客の対応も大変だったが、もともと人の役に立ちたいという思いがあったからか、自分の接客で客に楽しい時間を提供できることにやり甲斐を感じた。  この店で働き始めてからそろそろ二年になる。最近ではカウンターに入れるようになり、ウィローはようやくキリと同じところまで追いついたのだ。

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