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第18話 3-7
「そっか、そんなことがあったんだ。」
ウィローの話は楽しかった。しかし、タイガには気になることがあった。それはもちろんカツラのことである。「来る子たちがみんな恋をするって。」そういう話は本人からは聞いたことがなかった。今夜確認しなければ。もちろんベッドの中でだけど。そんな妄想にふけっていると再びウィローが話し始めた。
「俺が働き始めて三か月ほど経った頃、キリが店に訪ねてきて。」
ウィローは調子が悪くなった食洗器をいじっていた。しゃがみながらエラー画面とにらめっこをしボタンを操作するがなんの反応もない。昔から機械系は苦手なのだ。「今日は一つずつ手洗いをしていくしかないのだろうか。」憂鬱になりながら立ち上がると、裏口からキリが入ってきた。久しぶりに会ったキリは一回り程ガタイが良くなっており、肌も小麦色に焼けている。彼の実家は農業を営んでいるからしっかり手伝いをやっているのだろう。
「ウィローさん、お久しぶりです。仕事は慣れましたか?」
「キリ!久しぶり。仕事はボチボチかな。覚えることが多すぎて。」
今日キリは客として『desvío』に酒を飲みに来たのだ。
「みなさーん、お疲れさまです。」
キリはそう声をかけながらカウンターの方に向かっていった。まだ店は仕込み時間だ。店内には店長、早番シフトのバイト、社員が数人で営業前の仕事をしていた。
「キリか。今日は遅刻しなかったな。」
「店長まで。当たり前じゃないですか。今日は客として旨い酒、楽しみにしています。」
ウィローも食洗器から離れ、店内の様子を見にいく。
「あっ、カツラさん、シュロさんもお久しぶりです。」
奥で作業をしている二人に気付き、キリが声をかけた。心なしか「カツラさん」と呼んだ声に色が含まれているような気がした。
「おっす。」
シュロが短い言葉であいさつを交わす。
「キリ、ちょうどいいところに来た。」
カツラに話しかけられキリは嬉しそうだ。
「なんですか?」
「ウィロー、食洗機直りそう?」
ウィローは急に話を振られて慌てて答える。
「いえっ、厳しそうです。」
「キリ、出番だ。ナイスタイミング。」
「えー。」
キリはカツラからなにを期待していたのか、食洗器の修理を頼まれ不平をたらした。
次からはウィローが担当だとカツラから言われ、修理の仕方をキリから引き継ぐ。キリは機械系が得意らしい。あっという間に食洗器はゴォーと音を出し動き出した。
「すごいな、勉強になった。」
「コツが分かれば簡単です。」
「ウィロー、店長が呼んでる。」
気付くといつの間にかカツラがカウンターから厨房側に来ていた。ウィローはカツラに言われ、いそいそと店長の元へ行く。今日のおススメの酒の細かい説明を受け、自分の持ち場を指示をされる。厨房でやらなければいけない残りの仕込みがあったことを思い出し、再び厨房に戻る。
ウィローは厨房に入る手前で足を止める。厨房の奥でキリがこちら側を向き、カツラとなにか話していた。カツラは背を向けており、彼の表情はここからは見えない。なんだか入っていけない雰囲気だ。
「カツラさん、会いたかったです。この店が懐かしくて。」
ウィローは無意識に耳をすましていた。
「今夜はシュロの家に泊まるんだって?あいつは酒が強いから長い夜になる。」
「あの...。カツラさんの家に泊まっちゃだめなんですか?」
「俺は今日は閉店作業までいないと。それにシュロの家の方が広い。贅沢言うな。」
「いや、そういうことじゃなくて。一緒にいたい...。」
最後の一言はごにょごにょとしてあまり聞き取れなかった。しかしウィローにはキリがカツラと一緒にいたいとごねているように見えた。
「そうじゃなくてってなに?」
当のカツラは全く気付いていないのかストレートに聞き返していた。ウィローは三か月ほどカツラと一緒に仕事をしている。ウィローの教育は主にカツラが見てくれていた。カツラは仕事はできるし、接客も抜群に上手い。要領はとてもいいのだが、彼は何故かたまに抜けたところがある。一見完璧に見える人物にそんな意外なところがあることが余計に彼の好感をあおるのだが。ウィローはキリの気持ちを察し彼に同情した。
「カツラさん、俺の気持ち気付いてますよね?」
「気持ち?」
「え!マジですか?」
「だからなにが?」
「キリ、頑張れ。」ウィローは無意識にキリを応援していた。
「俺...。俺、初めてカツラさんに会った時から惹かれていたんです。仕事もできるしかっこいいなって。あと、優しいし。」
ウィローからはカツラの様子は見えない。彼は今どんな顔をしているのだろうか。
「俺はみんなに優しいの。とくにお前、入った当初はひどかったから。ホリーに怒られてばっかりで。」
カツラはクスクスと笑いながら言う。
「そういうんじゃなくて。あの。」
キリが姿勢を正す。おそらくキリは今カツラの瞳をまっすぐに見ている。ウィローはこのまま盗み聞きをしていいのか迷った。しかしウィローが迷っている間にキリが後に続く言葉を発した。
「俺、本気であなたが好きです。大好きです。男とか関係ない。」
キリの言葉を聞き、カツラがキリに詰め寄った。キリは思わず後ろに後ずさり壁にもたれる形になった。彼らの身長差は七センチ程ある。カツラの方が長身だ。逃げ場が無くなったキリが覚悟を決めた瞳でカツラを見上げている。
ドンっ!!
カツラがキリの後ろの壁に片手をついた。
「壁ドンだ!生で初めて見た。」ウィローはまるで映画でも見ているような心境に陥った。二人のやり取りから目が離せない。このままキスをするのだろうか?
カツラがキリに顔を近づける。キリもキスだと思ったはずだ。キリは目を閉じている。カツラがキリの耳元で囁いている。ウィローは全神経を両方の耳の鼓膜に集中した。
「キリ、俺に抱かれたいのか?」
「えっ、いやっ、俺がカツラさんを抱...」
「ははははははっ。」
キリの返事を聞く間もなくカツラは壁から手を放しキリに背中を向けた。
「お前、まだ若いんだ。男同士なんて不毛だぞ。人生楽しめ。」
そう言って片手を振りながらこちらに歩いてくる。
「やばいっ。」ウィローは寸でのところで盗み聞きがばれずに済んだ。キリは大丈夫だろうか?
「今日はめちゃくちゃ飲みますよ!そのつもりで来ましたから。シュロさん、家でも仕切りなおして飲み明かしましょう!」
事情を知っているウィローはキリが失恋のやけ酒をしているのだとかわいそうになった。カツラはそんなキリのことには全く無関心で常連たちと話に花を咲かせている。
「こういうことか。」ホリーが言っていた意味をウィローは理解した。
「ばっさり」、「辛辣」
その後今日に至るまで、ウィローは同じような光景を何度か目にすることになる。
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