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第24話  4-2

やっと帰ってきた。今日は直接店に行ってカツラの顔を見てから自宅に行こう。約ニ週間の研修期間を終え、タイガは会社に顔を出してから『desvío』に早い時間から行くことを決めていた。久しぶりにカツラに会えるので胸が高鳴る。何度この日を夢に見たことか。自宅に帰ったらもちろんカツラを思い切り抱くつもりだ。思わず顔がにやけてしまう。急ぎ足で会社の廊下を歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。 「タイガ!」 「ミモザ?会社に来てたんだ。」 「当たり前でしょ。今後お世話になる方々にきちんと挨拶しておかなくっちゃ。」 「相変わらず抜け目ないな。」  ミモザは研修で知り合った会社の同期だ。ダークブラウンのロングヘアに同じ色の大きな瞳。凹凸のはっきりしたスタイルで自信にあふれている。かなり切れ者の女性で優秀なために研修後からタイガと同じ職場に異動することになった。社長のお膝元で仕事ができるので彼女はかなり気合が入っているようだ。 「急いでいるみたいだけどどこかに行くの?」 「今日はもうこのまま退社だからちょっと寄るところがあって。」 「ふーん。彼女のところ?」 ミモザには恋人はいると伝えてあったが性別云々までは必要がないので話していなかった。そんなつもりはないのだが、それが変にごまかしているようにとられたらしく、恋人いる説は彼女からはかなり疑われていた。 「いや、外で食事しようと思って。」 「なにそれっ!私も行きたい。この辺全然わからないから。」 「え?」 「どうせ男一人で行くんでしょ?私がつき合ってあげるから、ねっ?」 この押しの強さには敵わなく、タイガは渋々ミモザと一緒に『desvío』に行くことになった。 「いらっしゃいませ。タイガさん、お久しぶりです。」 「やぁ、こんばんわ。」  タイガはウィローに挨拶をしながら店内を素早く観察する。「カツラはどこにいるのか?」平日だが店は程よく席がうまり、今日もタイガはミモザと二人、いつものカウンター席に腰を下ろした。 「すごい、お酒!感じのいいお店ね。タイガにしてはやるじゃん。」 「ははは。」 タイガは心ここにあらずのまま愛想笑いをする。 「ミモザ、飲めるんだよな?」 「もちろん。お酒も飲めなかったら仕事の付き合いができないでしょ?」 「お待たせしました。」 ウィローが持ってきた酒はオレンジ色をした果実酒だった。 「あんずの果実酒です。手作業で丁寧に収穫したあんずを使用しています。はちみつと黄金比率でブレンドされているので甘酸っぱくて瑞々しい味わいの酒です。女性向きだと思ったので。」 「わぁ、すごい!お兄さんお酒に詳しいのね。いただきます。タイガ、乾杯。」 「お疲れ。」 ミモザはウィローの説明に感心し酒を口につける。 「んー。美味しい!私ニ杯目もこれにするわ。」 「タイガさんの彼女さんですか?」 ウィローがミモザをまじまじと見、興味津々と言った感じで尋ねてくる。「ありえない!」タイガはウィローの言葉に即座に反応した。 「やだぁ、そう見える?」 しかしミモザは悪乗りをしてタイガに腕を組み体を寄せてきた。 「こらっ、違うだろっ。」 タイガは慌てて否定する。 「なによ、つれないわね。研修の時慰めてくれたじゃない。」  ミモザは研修前に恋人と破局したらしかった。研修半ばを過ぎたころ、同期何人かで酒を飲んだ時に愚痴っていた。数日前まで仲良くつきあっていた相手のことをひどく罵る姿を見て女はこわいと改めて思ったものだ。みんな上手にミモザのからみ酒から逃げていたが、タイガだけ逃げ損ねてしまい、最後まで彼女の話を聞く羽目になったのだ。 「誤解を招くような言い方しないでくれよ。」 「仲がいいんですね。」 微笑ましく述べるウィローにタイガは勘弁してくれと妙に気持ちが逸る。タイガはまだ腕に絡まったミモザの手をなんとか外そうと奮闘する。ミモザはまだ体を寄せたままだ。そのため彼の存在に全く気付かなかった。 「いらっしゃい、ひさしぶり。」  澄んだ声。少し棘があるような...。心臓の鼓動が速まり声がする方に顔を向ける。カツラは早くも意識をタイガからウィローに向けなにか指示をしている。タイガの視線に気づくと失礼しましたというように客向けの笑顔を見せた。 「料理は決まった?」 「えと。」 カツラの距離のある言い方にタイガは言葉を詰まらせる。「カツラは絶対に勘違いをしている!俺は女には興味がないのに。」タイガの内心は冷や汗だらけだった。久しぶりにあったカツラはやはり美しかった。離れていたからこそより一層美しく見えた。せっかくの再会を誤解されてしまうなんてどうにかしなければと気持ちが焦る。 「えっ、あの。えっと...。オススメとかあるんですか?」 カツラの登場にタイガはミモザの存在をすっかり忘れていた。彼女はカツラを見て頬を赤らめ言葉使いまで変わっている。そういえば女性が初対面でカツラに対して示す反応を見たのはこれが初めてであることにタイガは気付いた。 「そうだね。苦手なものはない?」 カツラの聞き方はとても優しい。彼は女性にはいつもこうしてきたのだろか?僅かな嫉妬心が心に宿る。 「いえ、特には。私、なんでもいける口なので。」 「ほんとに。じゃぁ。」 そう言って今飲んでいるあんずの酒に合う料理を進めた。ミモザにむけてにっこり笑う。タイガのことは全く無視だ。 「あははっ。」 ミモザがカツラとの会話で頬を染め笑う。カツラは主にミモザにばかりに話を振った。タイガには僅かな意見を聞くときだけでとても素っ気無いものだった。恐らくこの場にいたタイガ以外はそのことには気づいていないだろうが。そしてミモザはすっかりカツラの虜になっていた。 まるで女の落とし方の見本を見ているようだった。酒の知識、豊富な話題、女性が好む相槌、空気感、男としての魅力をこれでもかとさらけ出し、カツラはまるでミモザを獲物として狙いを定めている狩猟者のようだった。 もしミモザに好意を寄せている者がいたら、こんな男が相手では絶対にかなわないと敗北感でいっぱいになっただろう。  タイガはかつて女性と付き合っていたカツラの片鱗を()の当たりにして、心の中はどろどろとした感情で溢れていた。

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