29 / 190

第29話 4-7

今夜は自宅に帰るつもりだったがあんなことがあったので、タイガはカツラの顔が見たくなり彼には急遽自宅へ行くとメールをし家に向かった。 ミモザの気持ちには気付いていたのに、いいようにされてやりきれなかった。もっと気を付けることだってできたはずなのに。カツラを裏切ってしまったような罪悪感もあり、自分が汚れてしまったようにも感じた。 「ただいま。タイガいる?」 カツラが帰ったようだ。今日はいつもよりかなり早い帰宅だ。急ぎ玄関まで出迎える。カツラは私服だった。センスのいい、着る人を選ぶような服。彼はまるで雑誌から抜け出したモデルのようだった。 「タイガ、どうした?」 普段『desvío』の制服か近場に出かけるときのラフな服装、自宅でのスウェット姿ぐらいしか見ていなかったタイガは、カツラの見た目の変化に言葉を失ってしまった。 「おかえり。今日はどうしたんだ?私服珍しくない?」 ようやく言葉を絞り出し尋ねた。 「うん、ちょっとな。」  カツラがタイガの前を通りすぎるときに、香水をつけているのかとても良い香りがした。カツラの変化に戸惑いながら彼の後ろ姿を目で追う。「どういうことだ?店じゃなかったのか?あんなにめかし込んで。まさか誰かと会って...。」「今夜俺はカツラの自宅に来る予定ではなかった。俺の訪問は予想外だったのでは。」  今のタイガは全く気持ちに余裕がなかった。好きでもない女からキスをされ、会いたくて会いに来た恋人にはなにか秘密があるような気がする。気持ちは踏んだり蹴ったりだった。 気付くとカツラをソファに押し倒し彼に思い切りキスをしていた。 「んっ、ん!タイガっ。」  カツラがタイガから唇を離そうともがく。そうしてなるものかとタイガはより一層力を込めてカツラにキスをした。顔が動かないように両方の手でしっかり押さえつけ唇を貪る。カツラに唾液をたらし流し込み、己の唾液と共に彼を吸い尽くし心のままに味わい尽くした。「カツラ、愛してる。俺だけのものだ。誰にも渡さない。」そう思いながら激しい口づけを続ける。カツラの口の周りは濡れまくりタイガはカツラのあご先までもしゃぶりつくした。  しばらくすると、いつの間にかもがいていたカツラの手はタイガの肩越しに優しく回され、彼も同じようにタイガを貪っていた。タイガにとってカツラの舌の感触はなによりも旨かった。ずっとこうして絡めていたい。長い長いキスの後ようやく唇を離す。 「気が済んだ?」 カツラは優しく微笑みなだめるようにタイガに言った。 「カツラ、どうして今日はそんな恰好してるんだ。」 カツラが他の誰かと会っていたのではと思いタイガは悲しい瞳をして尋ねた。 「これ、変か?」 カツラはタイガの気持ちに全く気付かずに自分の服装を見て逆に尋ね返した。 「そうじゃなくて。今日は仕事じゃなかったのか?」 「仕事だった。早上がりさせてもらったんだ。」 「なんで?」 タイガはカツラの両腕を掴み詰め寄った。「早上がりできるなら懇親パーティーに来れたじゃないか!いったい誰と会ってたんだ?」そんな思いが浮かびタイガは今にもキレそうだった。 「お前の懇親パーティーに行きたくて。」 「え。」 カツラの言葉はそれまで疑心暗鬼になっていたタイガの気持ちを一変に晴らした。嫉妬で苛ついていた自分が急に恥ずかしくなった。 「でも、会ってない。」 「そうだ、会っていない。行き違ったな。フジキさんにお前はもう帰ったと聞いた。」 タイガは自分のためにカツラがそこまでしてくれたことが嬉しかった。カツラの今の姿は自分のためなのだ。しゅんと大人しくなったタイガの様子を見てカツラが頬に手を添えてきた。 「お前、大丈夫か?」 「え?」 「あの子にキスされたろ?」 「なんで知って...。」 「見てた。」 カツラの告白は衝撃だった。「あれをカツラに見られたのか。」タイガは慌ててカツラの様子を確認する。彼は怒っているようには見えないが。 「ごめん、俺。カツラに忠告されていたのに油断した。」 タイガは頭を下げ言葉を絞りだす。 「タイガ、仕方のないことだ。お前はこういうことに慣れてない。彼女のやり方は常套手段みたいなもんだ。」 「カツラはいったいいつから見てたんだ?」」 「あの子が背伸びをするあたりから?あれなんかモロ誘ってるぞ。」 カツラの説明にタイガは今思えばなるほどと納得できるがあの時にはわからなかった。これが経験の差というものなのか。 「カツラは嫌じゃなかったのか?俺がミモザとキスして。」 「いてっ。」 カツラがタイガにデコピンをした。 「嫌にきまってる。でもお前ははめられたようなものだ。同情はするけどお前を責めたりしない。」 タイガはつくづく自分はカツラに比べてガキなのだと実感した。逆ならば同じようなことが果たして言えるだろうか。

ともだちにシェアしよう!