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第30話 4-8
「これからミモザとどう接していいか。」
タイガはミモザと会うのが憂鬱だった。同じ職場なので避け続けることは不可能だ。彼女の押しの強ささえ鬱陶しく感じた。
「それなら大丈夫だ。あの子にはお仕置きをしておいたから。」
「え?なにしたって?」
カツラが揺らぎない視線でタイガを捕らえる。カツラの気持ちの強さが現れた美しい瞳に捕らえられ、金縛りにあったような感覚になった。
「俺のものに手を出したんだからな。はっきり言ってやったから安心しろ。」
今日は週末な上にバイト人数が少ない。社員もホリーは前々から決まっていた用事で欠勤だった。タイガから懇親パーティーの誘いを受けたがとても一緒に出席できるような状況ではなかった。「タイガのやつ、もう少し早く言えよ。気なんかつかうから。」カツラはタイガには遠慮せずに接してほしかった。懇親パーティーは聞けば年に一度だという。しかも今まではカエデと出席していたのだ。嫉妬を感じずにはいられなかった。
カツラの気持ちが届いたのか、その日、店は週末にも関わらず暇だった。長年勤めてきたが、これこそ年に一回あるかないかの奇跡だ。店長に事情を説明すると早上がりの了解をもらえたので、自宅に急ぎ帰りタイガが恥をかかぬようにそれなりの服装を選んだ。
会場はよくパーティなどで利用される有名な場所だった。裏庭が美しくカップルに人気があるとか...。店で客が話していたのを聞いたことがあった。
タイガを驚かせたかったので直接声をかけてやろうと思っていたが、受付では社員の者が一緒でないと入場できないと言われてしまった。「参ったな。」途方に暮れ受付を離れ会場周りを観察するとあるではないか、抜け道が。それは例の裏庭に続く道だった。人一人がやっと通れるような隙間に体を滑らせる。「ここの警備は甘いな。」そんなことを思いながら裏庭に出た。確かに草花がセンス良く植樹されロマンティックな雰囲気を作り出している。女性が好みそうな場所だ。
建物の方に近づいていくと、噴水前のテーブル席に早速カップルがいる。邪魔をしては申し訳ないと思いそっと様子を伺った。
「あれは!」カツラは息を呑んだ。カップルだと思っていた男女はタイガとミモザであった。彼女は胸が丸出しになりそうなドレスを身に着けていた。体のラインもはっきりわかり、女の武器をこれ以上ないほどにつかっていた。
ミモザが背伸びをする。豊満な胸が今にもドレスからこぼれ落ちそうだ。普通の男なら目が釘付けになるだろう。しかしタイガは女性がだめなのだ。彼女が蒔いた餌から気まずそうに眼を逸らしている。
カツラは心の中でほくそ笑んだ。その手はタイガには通用しない。しばらく様子を見ることにし、その場に存在を消し佇んだ。外は静かでニ人の会話はカツラがいる場所まで聞こえてくる。
「秘密教えてあげようか?」
「おいおい、まじか。」カツラはミモザが今からしようとしていることにピンときた。彼女がよくある手段でタイガを罠にかけようとしている。「タイガ、ひっかかるなよ。」
カツラの祈りもむなしくタイガはあっさりとミモザの罠にかかり唇を奪われてしまった。しかもかなり長いキスだった。「あの女...。」カツラはニ人のキスを目にして自分でも驚くほど頭にきていることに気付いた。
「もぉ、うぶなんだから。かわいい。」
ミモザが今言った言葉を聞いて、カツラは胸に渦巻くこの怒りは目の前にいる空気が全く読めない彼女に対しての怒りなのだと理解した。「やりすぎだ。舐めやがって。お仕置きしてやる。」
カツラの静かな怒りがミモザを捕らえた。静かに深呼吸をし、最高の微笑みをたたえ、ミモザに近づく。
「こんばんは。」
自分に声をかけられたのだと気づき、ミモザは声がする方に顔を向けた。瞳が大きく開かれる。
「どうしてあなたがここに?」
「知り合いがいて。ここいいかな?」
ミモザは戸惑った。『desvío』で自分をしつこく口説こうとした男とこんな所で会うとは考えてもいなかった。しかも今夜の彼はまるでファッションショーから抜け出したモデルのようでとてもかっこよかった。そこらへんのモデルよりもよく見えた。本当に綺麗な人だと素直に認めてしまう。この男には気を付けた方がいいとミモザの潜在意識は訴えていたが、自分の意志とは裏腹に彼女はこう答えていた。
「どうぞ。」
「今夜は全く雰囲気が違うね。すごく綺麗だ。」
「それはあなただって。彼女の付き添いで来たの?」
この男に踏み込まれないようにミモザは牽制を掛けた。
「君は俺のことが嫌い?」
「まさか。女の子はみんなあなたのこと好きになるでしょ?」
ミモザはにっこり微笑みながら切り返す。「油断しては負けよ」自分にそう言い聞かせながら。
「痛っ。」
カツラが急に片目を押さえて「いてて」と言い始めた。
「どうしたの?」
「レンズにごみが入ったみたいだ。君、鏡持ってない?」
「そんなの荷物と一緒に預けてきたわ。」
「そうか。」
カツラは立ち上がり片目を押さえたまま噴水の前に来た。「まさか水鏡で見ようとしているの?」ミモザはカツラの次の行動を見守った。
「そんなに痛いなら取ればいいじゃない。」
「すごく視力が悪いんだ。人の判別ができなくなる。」
「しょうがないわね。」
ミモザは椅子から立ち上がり噴水の前で自分の目を確認しようと奮闘しているカツラに歩み寄った。
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