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第38話 シュロのつぶやき

 驚いた。まさかホリーまでもがこんなことをするとは。いや...。きっと宇宙人に脅迫されたんだ。もしかしたら洗脳されているのかもしれない。俺が彼女を救わなければ...。 「おい、シュロ、おまえいい加減にしろよ?」 俺の思考を邪魔する声がする。そちらには目を向けないようにしなければ。 「ちょっとカツラ。シュロ、たまには社員みんなで飲むのもいいでしょ?」  今日はホリーに飲みに行こうと誘われた。彼女とは何度か仕事が早く終わった時に一緒に酒を飲みに行っている。今日もいつもと同じ店でと言われたからいつも通りホリーと二人でだと思っていたら、宇宙人が途中で合流したのだ。俺は何か用事を理由に席を立とうとしたが、ホリーにすがるような目をされ仕方なく今も宇宙人と同じ席についている。俺の態度が気に入らないのか、宇宙人は機嫌が悪い。 「ね、乾杯しよ。ここのお酒もうちのに負けないぐらい美味しんだから。」 「乾杯!」 なんとか場の空気をなごませようと努めるホリー以外、俺たち男二人はただ黙ってグラスをあげた。  グラスを片手にテーブルに肘をつき、宇宙人はさっきから俺の顔を無言で見ている。俺は決してやつと目を合わせないように意識を集中する。 「ちょっと、カツラ。やめなさいよ。」 「は?」 「シュロも。カツラになにか聞きたいことある?」 「ない。」 俺は興味がないというように目線をグラスに向けたまま答えた。 「へぇ、そうなんだ。俺はたくさんあるけどな?」 宇宙人がそう言った途端、視界に色白の細く長い指が入り込む。あろうことかやつはグラスに添えている俺の手を強くつかんだ。いつものことだがやつの予想外の行動に対応が遅れしっかりと手を掴まれてしまった。 「なぁ、シュロ。こっち見ろよ?」 「カツラっ。」 ホリーが喧嘩をするのではと心配をしている。彼女に迷惑をかけてはいけないと思い仕方なくやつに顔をむける。瞳を見ないように口元を見る。美しい赤色がさした形のよい唇。あご先は細く、白く長い首には喉仏が見える。やつが話す度に喉仏が動く。こいつは今何を話している? 「聞いてんのか?ぼーっとしやがって。」 カチンッ。 やつが俺の手を掴んでいないほうの手でグラスに爪を当て音を立てた。またしても予想外のことで俺はまたやってしまった。やつの瞳を間近で見てしまったのだ。 美しい翠の瞳。形も完璧で吸い込まれそうになる。瞳を見てしまうともう逸らすことはできない。こんなことができるのは同じ人であるはずがない。 「...。」 「...。」 無言でしばらく見つめ合う俺たちにホリーが困っているようだ。 「えっとぉ...。シュロもカツラもなにか食べる?」 「そうだな、シュロ。なんか頼むか?」 やつのほうから目を逸らし、ようやく俺から手も離し、ホリーの提案に話を合わせた。しかし俺はまだやつから目を離せない。やつの変な術にかかってしまった。やつは俺の視線を感じチラチラとこちらを見る。 「あのさ、もういいから。シュロ、普通にしろよ。」 俺はようやくやつから視線を離し、やつにつかまれていた自分の手を見た。まだ感触が残っている。 「なに頼もうかなっ、わたしお腹すいちゃった。」 「こんな時間に食ったら太るぞ。」 「なによっ、たまにはいいの!カツラはもう少し食べたほうがいいんじゃない?」 「俺は太りたくないからいい。」  今日はまた予想外のことの連続だったが、ホリーのおかげで変なことにならずに済んだ。普通にやつと会話ができるホリーが俺は不思議で仕方がなかった。二人の様子をぼーっと見ていると、またやつと目が合ってしまった。 俺は瞬間ドキリとする。今向けられたのは人がする微笑みだった。優しく美しい。嫌な感じはしない。それよりも...。「油断は禁物だ!」俺は自分がやつに洗脳されかけていると新たに気を引き締めなおした。

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