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第39話 6-1

「最近、あの子来ないのね。寂しいんじゃないの?」 仕込み時間にホリーと二人、厨房で作業をしていると急に彼女が問いかけてきた。 「あの子って?」 カツラは誰のことか気付いていたがわざと知らないふりをした。 「お友達のお友達。合ってるよね?」 「友達じゃない。友達のただの同僚だ。」 「そうなんだ。ああいうのは好みじゃないの?」 「知ってるだろ。俺はホリーみたいな女性が好きだ。」 カツラがニヤリと笑って答えた。 「しまった、返り討ちにあった。」ホリーが高速で言い返す言葉を探している間にもカツラが畳かける。 「俺はホリーの御使いなんだろ?優しくしてってねだってきたときはかわいかったなぁ。」 「御使い」ホリーはこの言葉に心あたりが大いにあったが、カツラの口からこの言葉を聞くのは初めてだったので狼狽えてしまう。 「私、そんなこと...。」 「言ったよな。それでキスしてきたんだから。御使いに感謝のキスって。」 キスまでの経緯は全然覚えていない。でも御使いは覚えている。カツラを御使いと思ったんだ。ホリーはカツラが言っていることが全て嘘とは思えなかったが、話の主導権をとられないように強気でいくことにした。 「カツラったら、記憶違いじゃない?」 カツラが上から流し目で見下ろすようにホリーを見つめた。ホリーは翠の瞳に捕らわれる。「やめてやめて!嫌なやつだとわかっているけど、そんな瞳で見られるとどうしたらいいかわからなくなる。」ホリーは完全に逃げ道を絶たれてしまった。 「俺はかわいいホリーが好きだ。そう言ったろ。」 なんとかカツラへの切り替えしの言葉を探していると、いきなりガシャンと大きな音がした。ウィローが鍋を落としたのだ。 「マジっすか?カツラさんとホリーさんってやっぱり!」 二人の会話をタイミング悪く偶然聞いていたようだ。 「やっぱりってなによ。あり得ないでしょう。私には彼氏がいるんだから。どこから聞いていたの?」  カツラをからかってやろうとしたら逆にやり込められてしまった。ウィローが来てくれなければ他にもどんなことを言われたか。ホリーにはあの晩の記憶がほとんどないのだから。 「「俺はかわいいホリーが好きだ。」あたりからです。」 ホリーは最初から聞かれていなくてほっと胸を撫でおろした。 「全く。カツラの言うことなんていちいち間に受けてたらやっていけないでしょ。」 「そうそう。俺にも大切な人がいるから。」 「え?」 「え?」 二人の信じられないという反応にカツラが(いぶか)しむ。 「俺だってそれぐらいいる。つき合ってもう半年になる。最長記録だ。」 誇らしげに語るカツラを横目にホリーとウィローは顔を見合わせた。 「半年って、たった半年?今までそれより続いたことがないの?」 「そうだけど?なに?」  いったい今までどんな付き合い方をしてきたんだと呆気に取られてしまった。経験はそれなりにあるはずだ。このルックスに人あたりもいい。「ヤリ目的とか…。」おそらくホリーとウィローは同じ結論に至ったのだろう。お互いの目を見て意思疎通ができた。 「ね、今の人、どんな人?美人?かわいいの?」 興味深々と言った感じでホリーが尋ねた。ウィローも興味があるらしくカツラの答えを待っている。 「どっちかっていうとかわいいかな。すごく優しいし、一緒にいると楽しい。なにもかも相性がぴったりだ。」 カツラが自分のことをこんなに話すことは滅多になかった。しかも惚気だ。意外だが、相手にかなり惚れているみたいだ。 「今度店呼んでくださいよ。俺、サービスします。」 「無理。今はまだ育む時だから。」 カツラはそう言ったきり、その後にニ人がどう言ってもなにも答えなかった。  その夜も『desvío』は混んでいた。しかし、今日は客の顔ぶれが違った。いつも来る常連たちがみんなで旅行に出かけたらしいのだ。彼らが占領している店の奥側の席も遅い時間でも新しい客を案内できるぐらい店は回転していた。  そうなるとやはり来る客のほとんどがカツラを見て衝撃を受ける。この瞬間がたまらなく面白く、ホリーはこっそり様子を観察していた。「全く上手に受け流す。ホストになればよかったのに。」 店の酒と料理、カツラの接客に満足して客が帰っていく。また新たな客が来た。カツラの正面にあたる席は今日は男性客や年配の女性客ばかりだったが、今夜初めての若い女性客二名が案内された。 「いらっしゃいませ。」 女性の内の一人とカツラが見つめ合ったまま止まっている。 「モモ?」 カツラが女性に呼びかけた。 「カツラ。」 連れの女性はカツラの姿に衝撃を受けたうえに友人の知り合いであることにも驚き、すっかり固まってしまっていた。 「久しぶり。」 「うん…。」 カツラは至って普通だが女性の方は再会を喜んではいないようだ。ホリーはピンときた。「おそらくひどい別れ方をした相手なんじゃないの?」と。 「モモ、知り合いなの?」 「うん、学生の時のね。」 気まずさの微塵も見せずにカツラはにっこり笑っている。「あいつは相変わらず心臓に毛が生えている。」ホリーは自分の読みが間違いないと確信していた。 「なににするか決まったら声かけて。」 オススメの酒を紹介することなく、カツラはその場から姿を消した。「やはり気まずいの?」ホリーが意外なこともあるものだと思っていたら、モモという女性に声をかけられた。 「あの、そっちに移動してもいいですか?」 今ちょうどホリーの前の席が空いたのだ。ホリーは構わないと答え、モモという女性を観察した。彼女はいたって普通の女性だった。可もなく不可もなく。自分が予想していたカツラの恋人のタイプとは違っていたので意外性を感じた。  しばらくしてもカツラは自分の持ち場に戻ってこなかった。変わりに入口手前を担当しているウィローが来たのだ。 「ウィロー、また回されたの?」 「はぁ、タイガさんが来てるいるので。」 「タイガ?」ああ、あのお友達か。とホリーは気付き、いったいどんなやつなのかと今は落ち着いている自分の持ち場からさっと離れ様子を見に行った。  カツラの正面に座る男性はガタイがよく、とても優しそうな人だった。ぱっと見大人びて見えるがよくよく見ると幼さが顔にまだ残っており、なかなかのイケメンだ。 彼の隣には常連と思しき客がいて、三人で軽快に話をしている。カツラはとても楽しそうだ。こころなしかタイガの方によく微笑んでいるような気がするのは気のせいだろうか?「カツラの性格なら同性の友人は少ないだろう。きっと貴重な友人なのね。」ホリーは一人納得し三人の様子を見ていた。 「ホリーさん、オーダーです。」 ウィローに呼ばれ、「はーい」と返事をし、ホリーは持ち場に戻った。

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