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第40話 6-2

「ね、モモ、お願い。もう一度あの店に一緒に行って。」 「やだ、絶対に。」 「だってこれ返さないといけないでしょ?」 そう言ってアンズはこの間『desvío』という店の帰りに借りた傘を持ち上げて見せた。  あの日、店から出ようとドアを開けたら雨が降っていた。かなり降っていて濡れるのを覚悟で帰るしかないと思っていたら、入口近くに座っていた親切な男性が傘を貸してくれたのだ。彼は自分はまだもう少し店にいるし、歩いて帰れる距離だから大丈夫と言って遠慮するモモたちに傘を渡してくれた。  アンズはその彼にすっかりのぼせ上ってしまっていた。確かに感じは良かったし、イケメンだったとモモも思ったが、あの店には行きたくなかった。あの店にはカツラがいるからだ。 「お酒も料理も美味しかったじゃない。店員さんも感じよかったし。そういえば一番最初にいた店員さん、モモの知り合いなんでしょ。すごいイケメンすぎて、私の記憶に残ってないもん。」 アンズはモモの事情を全く知らないのだ。「店に行くのを避けるためには説明するしかないのか。」とモモは腹をくくった。 「アンズ。前にね、最悪な別れ方をした人がいるって話したでしょ。」 「えっと。モモの初体験の彼だっけ?それがどうしたの?」 「それがあの人なの。最初に接客した人。」 「えーっ!」 「すごいじゃない!あんな人射止めるなんて。いったい何があったの?」 「もともとは友達だったの。それがなんとなくそういう関係になって。目立つ人だったから女性問題が多かった。不安になるじゃない。事実を確認したくて一度聞いただけでもう終わりだった。メールも無視、学校でも避けられたし。つき合うまでは友達でいい関係だったのに。男性ってみんなこうなんだって思って。私、トラウマになって。」 「そっか。詳しく聞くとひどい話だよね。心配ないって言ってくれるだけでよかったのに。でもモモには今は素敵な旦那さんがいるんだから。じゃ、これは私一人で返してくる。」 「ごめんね、一緒に行けなくて。」  タイガは最近は週一で『desvío』に来ていた。カツラがこちら側に来やすいように平日を狙って。タイガはカツラとの同棲の用意のため、週に二,三回は自宅に帰るようにしていた。カツラには仕事を理由にしている。しっかりと準備ができてから話し、カツラを驚かせたかった。 「ミモザは長期出張に出かけたよ。しばらくは戻らない。」 「へぇ、そっか。彼女、店でも有名になりかけていたのに。またそっちで新しい男見つけるんじゃないか。」 まったりと今日あったことなどカツラと話していると、先日傘を貸した女性が店にやって来た。 「あの、この間はこれありがとうございました。」 「いや。濡れなかった?」 「はい、とても助かりました。あのよかったらこれ。」 彼女は何か菓子袋を持っており、タイガにそれを差し出した。 「気を使ってもらわなくても。」 「せっかく買ったんで受け取ってください。」 「じゃ、お言葉に甘えて。」 二人のやり取りを作業をしながらカツラは観察していた。会話に一区切りついたところでアンズがカツラの存在に気付く。 「いらっしゃいませ。今日は一人?」 アンズは親友を傷つけた女の敵であるにもかかわらず、カツラの客向けの笑顔につい見とれてしまった。 「モモは今日は都合がつかなくて。」 「ここ座る?」 タイガが空いている自分の隣の席を指して聞いた。 「じゃぁ。」 アンズは頬を染めタイガの隣に腰をかけた。タイガ、モテ期だな。カツラは自分の恋人がまた無意識に相手に気を持たせる行為をしていることに心の中でため息をついた。 「ここ、よく来るんですか?」 「うん、たまにね。」 中学生のデートかというようなピュアなやり取りが続く。側から見て会話を楽しんでいる二人の間に自分が割って入るのは店員として不粋な気がし、カツラは仕事をしながらチラチラと彼らの様子を伺うことしかできなかった。 「カツラさん、ちょっといいですか?」 ウィローがヘルプを求めてきた。一瞬タイガと目が合ったが、カツラはそのままその場をあとにした。 「あの、さっきの店員さんと親しいんですか?」 カツラが去ったのを確認してアンズがタイガに尋ねた。 「え?」 「この間もここで一緒に話していたから。」 「うん、まぁね。」 今日知り合ったような人に事実を言うつもりはなく、タイガは話を合わせた。 「モデルさんみたいですよね。学生時代もすごかったみたいで。」 「えっ?」 カツラの過去について彼女は何か知っているのか?タイガはカツラに関することなので気持ちのままに正直に反応した。 「あっ、えっと。」 タイガのたいそうな驚きに彼女が驚いていてしまった。 「いや、そんなにすごいってどんなのかなって。ははは。」 「私の友人の元彼なんです。あの人、とても人気があって大変だったって。彼女、すごく苦労したみたいで。」 カツラが男女交際に関して派手であったことは以前本人から聞いている。しかし実際にこうして聞くと気持ちのいいものではない。カツラが女性を優しく抱いていたのかと思うとタイガはやりきれなかった。 「もしかして、この間一緒にいた子?」 タイガはふと思い聞いてみた。あまり記憶に残っていない。とても印象が薄い感じだった気がする。 「彼女、初めての彼氏だったからそれがトラウマになって。その後男性不審になってしまって。あっ、でも今は結婚して子供もいてすごく幸せなんですよ。なんかあなただからかついつい話しすぎちゃった。普段はこんなんじゃないんですよ、私。」 彼女はその後も何か話していたが、タイガの耳には入っていなかった。今夜は自宅に帰る予定だったが、カツラの家に行こうとタイガは決心していた。

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