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第43話 7-1

「カツラさん、聞きました?トベラさんの店、大変らしいですよ。」 店の開店準備をしているときにウィローがビックニュースとでもいうように報告する。 「そういえば店長が言ってたな。」 「トベラさんの店、店長が長続きしないらしいです。どうなるんですかね。」 「ふーん。」  カツラは意外に思っていた。トベラが手掛ける新店舗の計画書を見たときはいい線いくと思ったが。人選ミスなのか、社長のトベラに問題があるのか。「ま、俺には関係のないことだ。」そんなふうに思っていたから、店長から話を聞かされた時は肝をつぶした。 「カツラ、二週間ぐらいトベラさんとこのヘルプに行ってくれ。困ってるようなんだ。」 「えっ!なんで俺?」 お前はこの店で一番酒の知識がある。接客も申し分ないし何より向こうのたっての希望なんだ。 「い、嫌だ。」カツラは即座に反応した。しかし店長の考えはそんなカツラの気持ちを裏切るものだった。 「こっちはシュロもホリーもいる。二人にはもう了解とったからお前が少しの間抜けても大丈夫だ。トベラさんとこの酒もあるからいい勉強にもなるだろう。」 先にしっかりと逃げ道を絶たれたカツラは店長の申し出を引き受けるしかなかった。 「それなら...。わかった。」  まだ日帰りで通える距離でよかった。出勤時間を遅めにしてもらい車で通うことになった。 トベラと会うのはあれ以来だ。タイガはこの件に関していい顔をしなかったが、仕事であること、毎日家に帰宅し顔を見れるからと渋々了承した。 まさか新しい店長が急に来なくなってしまうとは。次の候補者は慎重に選びたいからカツラはその間の臨時店長という肩書だ。  早速翌日からトベラの店にむかう。トベラの店はぱっと見なかなかいい感じだ。レンガ作りで人の興味を引きそうな上に立地もいい場所で、いったいこの店にいくらつぎ込んだんだと思ってしまう。「あいつ、相当稼いでるんだな。」まだ昼過ぎだが今日は初日なので早めに出勤することにした。店には副店長がいると聞いていたので、まずは彼から話を聞かなければいけない。 「こんにちは。」 ドアを開け店内に入る。薄暗い照明、アンティークなもので統一された装飾はとてもセンスがいい。酒がカウンター向かいだけでなく店の至る所に並べられている。これは店員は大変だとカツラも思った。 「カツラ。来てくれて助かる。」 奥からトベラが出てきた。まさかここにいるとは。彼の後ろには人の好さそうな頼りげな優男が立っていた。 「どうも。」 カツラは軽く会釈をする。 「カツラ、こいつが副店長だ。カツラだ。お前より酒の知識はある。しっかり仕込んでもらえ。」 「どうも、よ、よろしく、おね、おねがいします。」 副店長はカツラと初顔合わせだ。彼はだいたいカツラを初めて見るとたいていの者が陥る状況になっていた。 「よろしく。」 毎度のことなのでカツラはサラリと挨拶をする。 トベラから酒の配置についてや店のやり方などの詳しい説明を受け、自分なりに一通りまとめてみる。初日からトベラの求めるようにできるはずがない。カツラは開き直って変えられるところは自分流でやってみることにした。  開店準備を副店長と一緒に取りかかっていると数人のバイト達が出勤してきた。みんな副店長より若い、しかもかなりの美形が臨時店長に就くと聞いて浮足立った。 「カツラさん、これはどうしたら?」、「カツラさん、教えてください」、「カツラさん、...」 口々に名前を呼ばれ質問される。店のことは副店長の方が詳しいので、彼が分かることは適当に彼に振っていた。そうこうするうちに客達が来る時間となった。立地がいいので、変なサービスをしない限りは失敗はしないはずだ。カツラは持ち前の接客術で客達をもてなした。 「あれ?これ俺が頼んだのじゃないぞ。」 「それはサービスなんです。オススメの酒で。感想聞かせてください。」 「ええ、そう?じゃ。」 オーダーミスを取り繕う。 どの酒がいいのか聞かれ答えられないバイトの元に駆け付け客の好みを聞く。苛立っていた客は急に現れた美人と彼の適格なアドバイスで機嫌を直し、もう一杯とまた注文を重ねていく。 副店長には主に裏方を任し、自分は接客のフォローやその場でバイトたちにアドバイスをし教育をこなしていった。  店が閉店するころにはカツラはクタクタだった。今から車を運転して一時間以上かけて帰宅することがとても億劫に感じた。ここまで店が回っていないとは思わなかった。とにかく今夜は帰り、通いではなく出張に切り替える相談を店長とタイガとしなければと思っていた。

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