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第50話 7-7
「『desvío』でしたっけ?トベラさんに一度様子を見に行った方がいいと言われたんですけど。行ったことあります?」
先日トベラの店に新しく就任した店長のナツメが副店長に質問をした。彼女としてはこの店に集中したかったので、よその店のやり方なんてどうでもいいと思っていたのだが。「トベラさんが言うんじゃ行くしかないのか。」そう思い実際に行く前に少しでも情報を集めておこうと、こうして副店長に聞いているのだった。
「いえ、僕も行ったことはありません。でもナツメさんが来る前にそこの店から臨時店長という形でヘルプで来ていただきままして。かなり助かりました。」
「へえ、そんなに優秀な人が来たの?」
「はい、あっという間に店が回りましたから。しかもとてもきれいな方で。トベラさんが信頼を置くのもわかるような気がします。」
副店長がほわんとしながら臨時店長の話をする様子にナツメは不満に思った。「綺麗な人?」そんな自分に時間をかけるような人間が酒のことを真面目に勉強して最高の接客ができるのかしら。みんな見た目に騙されてるんだわ。トベラさんまでたぶらかして。
「そうですか。そんな人が働いている所ならやっぱり見学に行った方がいいかもしれませんね。来週の忙しくない日程で行ってこようかな。」
「いいと思いますよ。数人、社員も入りましたし大丈夫でしょう。基礎をあの人がしっかり作ってくれましたから。」
まだ臨時店長のべた褒めを続ける副店長にうんざりしながら、ナツメは今日の開店準備に取り掛かった。
トベラの店の新しい店長になったナツメは昔実家が酒造家だった。競合に負け泣く泣く稼業をたたんだのだが、その後も両親は酒についての知識を惜しみなく娘のナツメに注いでくれた。酒のことなら誰にも負けない。それなりの自負がナツメにはあった。見た目はとても小柄でダークブラウンの髪と同じ色の瞳をし、黒縁の眼鏡をかけたナツメは幼く見えた。そのため今だに学生に間違われることが多々あったが、内面は芯がしっかりとした自立した女性だ。
トベラの店の新店長の話は父の知り合いから聞いて応募したのだ。トベラがやり手でなかなか良い酒を製造していることは知っていた。面接で初めてトベラと出会い、こんな男らしい人が世の中にいるのかと衝撃を受け、ナツメはほのかな恋心を彼に抱くようになっていた。
そのため、店の者が褒め称え、トベラが一目置く臨時店長をナツメは妬ましく思っていた。「直接この目で実力を見てやる。」ナツメはそう心に決め『desvío』に向かった。
「ねえ、聞いた?明日トベラさんのところの新しい店長がうちに研修に来るらしいわ。」
「へえ、そうなんだ。」
無関心にただの相槌をうつカツラにホリーは呆れながら話し続けた。
「カツラは明日お休みだもんね。自分に関係ないからどうでもいいって?」
「何日研修するんだ?」
「さあ?二、三日じゃないの?」
「ふぅん...。」
「こいつ、最近ぼーっとして。あくびが多いのよ。お盛んみたいだけど。」ホリーはここ最近のカツラの態度に悪態をついた。カツラはトベラの店の手伝いから帰ってきて暫くしてから、仕込み中はたいていこんな感じだった。上の空というか、心ここにあらずのような。ホリーが知っている限り、カツラがこんなふうになったことは今まで一度としてなかった。
カツラをこんな状態にさせるなんていったいどんなやつと付き合っているのかますます興味がわいた。しかしカツラが言わないと決めたら絶対に言わないことも知っていたので、あえてそのことについて聞くことはしなかった。
「こんにちは。本日から三日間、お世話になります。」
翌日定刻通りにナツメが『desvío』に訪れた。さっと店を観察する。確かに感じの良い店だ。スタッフたちが出てきて自己紹介をする。「さあ、あいつはどこにいるのかしら?」
「ホリーよ。よろしくね。」
ホリーがナツメに挨拶を交わす。ナツメはピンときた。この人に間違いないと。「確かに綺麗。とてもかわいい雰囲気で見る人みんながかわいいと思ってしまうような感じだわ。お手並み拝見させてもらうから。」ナツメはホリーへの対抗心をほのかに燃やした。
「ナツメです。ホリーさんよろしくお願いします。」
店が開店し、新しくいる店員のナツメに常連たちは興味を示した。とても幼く見えるがナツメの説明、アドバイスは適格で、酒の知識はホリーよりも明らかに上だった。接客では負けていないホリーだったが、この日はナツメに美味しいところをすべてかっさらっていかれたような感じで、仕事のやりにくさを感じていた。「まさか、わざとじゃないよね?」あまりに客のオーダーの横取りが続くので悪い方に考えてしまう。
閉店後、ナツメがホリーに声をかけてきた。
「ホリーさん、今日はありがとうございました。」
「全然。あなたの方がよく知っていてすごいなって思ったわ。私もまだ勉強中で。」
「そうですね。あの料理に極楽は合わないと思います。」
ナツメはくすっと笑って「おつかれさまです。」と礼儀よく挨拶をして帰って行った。いまのは嫌味だとホリーもさすがに気付き、「私、なんかした?」とまた頭を悩ませた。
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