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第51話 7-8

 ナツメの気分は良かった。みんながべた褒めしていた臨時店長は酒の知識は素人に少し毛が生えた程度だった。接客でカバーはしていたけれど、あれではプロとしては失格だ。客はお金を払って旨い酒を求めに来ているのだから。 トベラに言われるままに三日間の研修を組んだが、一日で十分だったとナツメは後悔していた。「いいわ。今日も痛い目にあわせてやる。」酒とトベラのことでナツメのホリーに対する気持ちは意地悪なものになっていた。 「ねえ、聞いてる?私、絶対目を付けられてる。」 厨房で仕込みをしながらホリーがカツラに昨夜あったことを話していた。 「絶対とか女はすぐ言うんだよな...。」 独り言のようにカツラがぼそっと呟いた。そんなカツラの態度にとうとうホリーが切れた。ちょうど今手をゆすいでいたので、彼の顔に思い切り水をかけてやった。 「冷ぇてっ!なにすんだよ!」 やっと現実世界にもどってきたのかカツラの瞳がホリーを捕らえた。 「おかえりなさい。私の話、聞いてた?」 「あーもう、はいはい、聞いてました。」 顔や服にかかった水をキッチンペーパーでふきながらカツラが言った。 「いじめられたらまた助けてやるから。」 面倒臭いという感じで投げ捨てるように言うカツラにホリーは「知らないっ。」とそっぽを向いてよその持ち場に行ってしまった。 「んだよ、いったい。」 「おはようございます。」 ウィロ―の出勤時間になり彼が厨房に入ってきた。 「あれ?ホリーさんは?」 「拗ねてどっかに行った。」 「え?」 「なぁ、ウィロー。昨日来たトベラさんとこの新店長、どうだった?」 「かわいらしい人でしたよ。学生さんみたいな感じで。酒にはすごく詳しいみたいでお客さんと盛り上がっていました。」 「ふぅん。それだけ?」 「他に何かあるんですか?」 「いや。今日は俺と二人、ここの持ち場だな。回すぞっ。」 「はいっ。」 開店前になり、ナツメがやってきた。カウンタ―のほうへ行き挨拶をする。 「こんばんわ。今日もよろしくお願いします。」 「よろしく。昨日休んでいたから。カツラだ。」 背後から声をかけられ振り向くと昨日いなかった男が立っていた。中性的でとても美しい男だ。つい見とれてしまいそうになる意識を無理やり引きはがし「よろしくお願いします。」と挨拶をした。 カツラと名乗った男はそのまま厨房の作業へと向かった。「あまり酒には詳しくないのね。」そう判断し、ナツメの意識はまたホリーへとむけられた。  開店し、常連たちが奥の席を埋めていく。ナツメの噂を聞きつけて昨日よりも多くの常連が集った。彼らは得意げに酒の話を振り、ナツメがどれほどの実力か見定めようとしている。そのすべてにナツメはすぐに完璧な答えを述べていた。 「ナツメちゃん、すごいな!ホリー、やばいんじゃないの?」 常連の一人が冗談めかしてホリーに言う。 「ははは。ほんと、私ももっと勉強しなくちゃ。」 「とんでもない。ホリーさんには敵いません。お客様、辛口が好みでしたら…。」  ナツメは酒の知識を惜しみなく発揮し、口からスラスラと出てくる。ナツメと客の話にホリーが入る隙間は全くなく、ホリーは愛想笑いをしながら仕込み作業をするしかなかった。  少し手が空いたのでカツラは厨房の入り口からカウンターの様子を覗いた。客達はナツメの接客に満足している。しかしカツラからはナツメにはみんなで楽しむという気はなく、自分一人が注目されたいと酒の知識をひけらかし、酔っているように見えた。やり方が上手いからその場にいたら気づきにくいかもしれないが、こうして外側から見ているとそのことがよくわかる。 カツラは厨房で仕上げた仕込みをカウンター下の冷蔵庫にしまうために持っていく。 「こんばんは。今夜も酒が進んでるね。」 顔なじみの常連たちにカツラが声をかける。 「カツラ。しばらくこっちに来ないな?引退か?」 馴染みの常連数人が彼の言葉に「がはは。」と笑っている。カツラが横で朗らかに笑っている大人しそうな客の様子に気が付いた。 「あれ?モミさん、今日はいつものじゃないね?」 モミとよばれた男はカツラに尋ねられ少し気まずそうにした。 「ああ。」 「梅酒、飲まなくていいの?」 カツラが優しく微笑みながら彼の気持ちを確認する。 「じゃぁ...。」 カツラの言葉に促され、モミは梅酒を注文しようとした。 「梅酒はその料理には合いません。香りやコクが強い芋焼酎の方が楽しめます。」 しかしナツメがここぞとばかりに知ったかを振りかざしモミの言葉は遮られた。 「確かに、一般的にはそうかもしれないけれど、モミさんにとっては違うんだ。この店で扱っている梅酒はモミさんにとって思い出の酒だ。だからいつもそれを飲みに来てくれている。ね?」 カツラがモミが言えなかったことをまるで代弁するようにナツメに話す。 「だからホリーが最初に梅酒持ってきたのか。モミさん、そんなだいじな酒ならちゃんと言わなきゃだめだぜ。」 モミの事情を知った飲み仲間がモミに諭す。 「いやぁ、そんなたいしたことでは。」 大人しい性格のモミはあくまで低姿勢だ。 「亡くなった奥さんとのだいじな思い出の酒だろ。」 カツラがそんなモミを援護する。 「モミさん、水臭いじゃないか。毎日一緒に酒飲んでいるのに。その話聞かせてくれ。」 常連たちは大いに盛り上がり酒が進み始めた。もちろんオーダーに入ったのは思い出の梅酒だ。 「ホリー、グラスに次いで。多分まだ出る。」 「うん、わかった。」 カツラはその後すぐに厨房に戻ってしまったが、客達はホリーの気遣いを思い出したようで、それからはナツメにではなくホリーに話しかけ、酒や料理のアドバイスを求めた。

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