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第55話 8-1

 あれから数ヶ月がたった。ナツメの努力でトベラの店は繫盛しているようだ。女性関係が派手なトベラであったが、仕事関係の者とは今まで一切関係を持とうとはしてこなかった。カツラを除いては。  カツラとトベラの店に行ったときの様子では、トベラはカツラにまだ気があるのは明らかだった。当の本人は全くその気がないというのに。 勘のいいトベラはおそらくナツメの恋心に気付いているだろうが、一切そんな感じは出さずニ人の距離が縮まる雰囲気は全くない。ナツメから恋の相談を時々受けるホリーは、かわいい妹のような存在の彼女の恋を応援したかったが、こればかりはどうすることもできなかった。  そして、こんなふうに真剣に悩んでいるホリーをよそに、悩みごとの当事者の一人であるカツラは最近様子が変だった。つい先日まで開店まではぼぉっとしていることが多いと思っていたのに、ニ,三日前からは妙に気分が浮かれているのか、やけにへらへらするし、いつもなら注意するバイト達の痛いミスも笑って聞き流している。「みんな、あいつがおかしいことになんとも思わないのかしら?」ホリーは一人、カツラの最近の変化に疑問を抱いていた。  その日は平日だったので、めずらしく店長とシュロがカウンターに出ることになった。仕込みを中心にこなす必要があったため、店が混み合う時間までは厨房にはカツラ、ホリー、ウィローのメンバーが割り振られた。この三人になると他愛のない話に花が咲く。作業についての話をしながら、時々私語を挟むといった感じだ。 ご機嫌の様子で作業を淡々とこなすカツラ。彼からは幸せオーラが出ていた。ホリーは聞くなら今しかないと思い、質問を投げかけることにした。 「最近、なにかいいことあった?ウィロー?」 ダイレクトにカツラに聞いたらまたはぐらかされるかもと思い、ホリーはまずふりでウィローに聞いた。 「とくにないっすね。あっ、そうだ。いい店見つけました。料理が美味くて。ちょっと遠いんですけど。」 「そうなの。どこにあるの?」 「ここから一番近い港町のポートです。しゃれた町でいいですよ。」 「確かにいい街だ。異国情緒があって。店も種類が多いから楽しめるだろう。」 二人の話を聞いていたカツラが話題に入ってきた。 「カツラさん、行ったんですか?」 「まあな。」 そう言いながらカツラは首元から覗いているネックレスチェーンに人差し指を掛けた。少し前からカツラの首元にキラリと光るものがあるのは気付いていた。カツラは基本的にはノーアクサリなのに珍しいとニ人は思っていた。ホリーはこのときようやくピンときた。 「カツラ、ネックレスなんて珍しいじゃない。」 まだよくわかっていないウィローがぽかんとしている。カツラはホリーの質問に気を悪くすることなく、指にかけたネックレスチェーンをそのまま服から全て抜き出した。チェーンだけだと思っていたそれは、先に美しい翡翠のリングがかかっていた。 「綺麗。」 リングを目にした瞬間ホリーはつい本音が出てしまった。それはカツラの瞳と同じ美しい翠の翡翠が細かくちりばめられたリングで、女性なら誰でもつけてみたいと思ってしまう目を惹くデザインだった。 「どうしたんですか、それ?」 ウィローの言葉にやっと聞いてくれたかという感じでカツラが幸せいっぱいの顔で答えた。 「恋人からもらった。つき合って一年の記念に。」 「ええっ!」 「ええっ!」 ホリーとウィローはニ人同時に声をあげていた。カツラはニ人の反応に満足し、大切そうにリングを服の中にしまった。 「一年続いたんだ。おめでとう。最長記録じゃない。」 「よかったすね、カツラさん。」 「ふふふっ。だろ。永遠を約束したんだ。これはその証だ。」 ホリーはカツラをここまで惚気させる相手に大いに興味がわいた。 「だったら一度店に連れてきなさいよ?美味しいもの、私たちが奢るわ。」 「まぁ、時期が来たらな。」  結局カツラは全てを話さなかった。店がバタバタしだし、カツラがカウンターに行った頃ホリーが先ほどの話についてウィローに意見を求めた。 「どう思った?さっきの話。」 「びっくりしました。相手、金持ちなんすかね?あの指輪、絶対高いですよ。」 「ウィロー、相手が女だと思う?」 「え?」 ホリーの質問が思いもしなかったものらしくウィローが息を飲んだ。 「普通女性が指輪を男性に渡す?しかもさっきのは明らかに女性ものよ。だからカツラだってネックレスにしているんじゃない?」 「でも...。」 「あいつ彼女とは言っていないでしょ。ずっと恋人って言っているの。」 「確かにそうですけど。」 「ま、ありなんじゃない?カツラは性別関係なく人を惹きつけるし。あの性格だと女の子は苦労するわよ。甘やかしてくれる男の方が上手くいくと思うわ、絶対。」  ホリーの考えはあっさりしていた。確かにカツラは性別関係なく人を虜にする。ウィローもカツラに本気で攻められたら拒めないかもとは思っていた。ウィローにはキリのことも記憶に新しく、心境は複雑だった。 「ああ言っているから、いつかは会えるんじゃない?関係が続いていればの話だけど。」  確かにここ一年、カツラは少しづつ変わっているような気がしていた。昔のような薄いけど決して踏み込めない壁がなくなったように思うのだ。カツラを変えた指輪を送った主にホリーはぜひ会ってみたかった。

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