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第56話 8-2

「今日からあたらしいバイトが入るから。ウィロー、お前厨房の方中心に教えてやってくれ。」 開店前に店長から新しく入るバイトのフォローを頼まれた。 「はい。」 「長時間勤務のシフトになるから。頼んだぞ。」 「すごいじゃない。もう後輩の指導を頼まれるなんて。」 一緒に話を聞いていたホリーがウィローに詰め寄った。 「厨房は簡単ですから。」 実際後輩の指導を任され嬉しかったウィローだが、照れ隠しでこう答えた。 ウィローがしばらく仕事に集中していると裏口のドアが開いた。 「お疲れ様です。今日から働くことになったフヨウです。よろしくお願いします。」  フヨウと名乗った男は小柄だががっしりとしていて体格はよく、愛嬌のある顔をした若者だった。珍しい赤毛で瞳は明るいブルー。いかにも人受けしそうな出で立ちだ。 「俺はウィロー。君に仕事を教えることになったから。よろしく。」  最初こそ緊張していたがもともとの人柄なのだろう、フヨウはおしゃべり好きな男だった。そのためウィローはことあるごとに「手、動かして。」と注意しなければならず、仕事がなかなか進まなかった。 「ウィロー、今夜もお疲れ様。新人君はどうだった?」 先にあがるホリーが今夜の様子を尋ねてきた。 「悪いやつじゃないんですけどとにかくよくしゃべるんです。仕事、いつもの倍した気分です。」 「あははっ。明日もでしょ?頑張って。」 ウィローは明日が休日のホリーを羨み、あのおしゃべり好きの新人にこれからどう仕事を教えていこうかと頭を抱えた。  翌日、フヨウはきちんと早めに出勤して、昨夜ウィローが教えたことに取りかかっていた。覚えはそこそこいいのだが、彼はなんせ話し出すと手が止まってしまうのだ。 「ウィローさん、今日もよろしくお願いします。」 しかしフヨウはお茶らけた感じで話すので、不思議と憎めなかった。笑いを交えながら仕事を教えていると、ふと気づけば次のシフトの者たちが出勤する時間になっていた。フヨウとはだいたいのメンバ―が昨夜挨拶を済ませていた。 「おはよっ。」 そこに昨日休日だったカツラが出勤してきた。 「おはようございます。カツラさん。あの、ちょっといいですか?」 ウィローの呼びかけにカツラが振り向いた。仕事をしていたフヨウは手を止め挨拶のためカツラに目を向けた。 「昨日から入ったフヨウです。しばらく厨房です。」 ウィローがカツラにフヨウを紹介する。 「よろしく。」 そう言ってカツラはフヨウの言葉を待たずにさっさとカウンターの方へ行ってしまった。「今日は機嫌が悪いのだろうか?」ウィローがそんなことを思っていると、隣でフヨウが固まっていた。「あっ、もしかして...。」ウィローが思うより早くフヨウがまくし立てた。 「さっきの人、なんですか?めっちゃ綺麗。男なんすよね?いやぁびっくりした。」 「ははは、そう、男性だよ。ベテランだから。」 「いいなぁ。店内担当なんすか?」 「今日はね。フヨウ、じゃ、こっちも。フヨウ?」 フヨウはまだカウンターの方に目を向けている。カツラはそこからは見えないというのに。 「フヨウ!」 ウィローは仕方なくフヨウの服を引っ張り仕事に意識を向けさせた。  それからというもの、カツラが厨房に声をかける度にフヨウは手を止めてカツラに見とれていた。そしてその都度ウィローが注意するという始末だった。店の最後の後片付けを今夜はフヨウと二人で取り組んでいたウィローはやれやれという気持ちだった。そんなウィローにフヨウが懲りずに話しかける。 「美人ですよね、カツラさん。声も素敵だし。」 「...。」 「恋人いるんだろうなぁ。周りがほっとかないっすよね?俺、つまみ食いでもいいからお世話になりたいなぁ。」 このフヨウという男は思ったことを何でもかんでも口に出してしまう性質(たち)らしい。 カツラに惹かれるものは今までも数人いたが、こんなにあからさまなやつは初めてだった。 「ね、ウィローさんもそう思いませんか?ちなみにこの店でお付き合いされてたとかはないんですか?」 フヨウはよくわかっていないから、この際はっきり教えてやった方がいいと思い、ウィローは説明することにした。 「フヨウ、カツラさんを見て驚くのはわかる。俺も初対面はそうだったから。でも、本気じゃないならあまりそういうことを口にするな。職場の仲間だし気を悪くする。」 ウィローはかなり頑張って厳しめにフヨウに言ったが、彼は全くこたえていないようであっさりと言い返してきた。 「俺、本気で思っていますよ。男同士だけど、あの人になら何されてもいいな。」 ウィローはこれ以上言っても無駄だと思い、片付けに専念することにした。 「さっさと終わらせよう。」 「はいっ。」 フヨウは素直で憎めないやつだがこれから先が思いやられる。先輩としてしっかりと指導しなければとウィローは自分に言い聞かせた。

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