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第68話 9-5

「くっそぉ、タイガのやつ、友達(だち)の番号ぐらい教えてくれたっていいだろ。」次の休日、ハチスは姉に頼まれ食材の買い物に来ていた。訪れた店は品揃えが豊富でこの辺りでは人気のある店だ。 ハチスの姉は人使いが荒かった。気が強く男顔負けに仕事ができるので、ナラの父親は彼女とはさっさと別れ、別の安らげる家庭を作った。ハチスはナラの父親をバカな男だと思った。「あんないい女はいないのに。」ハチスは姉に逆らうことなどできなかった。これまで付き合ってきた彼女も姉よりいい女はいなかったと本気で思っている。 「こんな材料でいったいなにを作るんだ?」姉に頼まれた見慣れないものが書かれたメモを確認しながら籠に入れていく。仕事でこちらに戻ってきてからは専ら休みの日は姉の手伝いだった。口では文句を言いながらも姉からの頼みごとは素直にきいてしまう。ハチスは姉に頼られ、自分が助けになっていることは嫌ではなかった。  レジを済ませふと顔をあげると、ひと際目を引く後ろ姿が視界に入った。長身、黒いサラ髪、ちらっと見えた頬は透けるように白い。「あいつだ!」ハチスは急いで荷物を袋に入れ、店を出る。キョロキョロと顔を動かし、視線の先に目的の人物を捕らえた。 「おい、カツラっ!」  ハチスの呼びかけにその人物がちらっと振り返った。やはりカツラだった。しかしカツラはハチスに一瞬目を向けただけで立ち止まろとはせずにそのまま歩き続けた。「なんで無視なんだ!くそっ、歩くの速ええな。」駆け足でカツラを追いかけようやっと追いつきカツラの腕を手にとった。ハチスは少し息が切れていた。 「ちょっと待てって!」 ハチスは膝に手をつき呼吸を整えた。カツラはそんなハチスを無表情で見下ろしていた。 「なんか用?」 今日のカツラは上下黒の服だった。この間とはイメージが違う。しかもこの冷めた態度だ。 「お前、二重人格って言われないか?」 「用がないのなら行くけど。」 「待て待て!用はある。携帯の番号教えてくれ。ナラがまたお前と遊びたいらしいんだ。」 「ナラはかわいいけどそれは無理だ。俺も暇じゃない。」 「あいつ、お前に懐いてるから。」 「シッター頼めばいいだろ?」 「それがナラがきかなくて。姉貴がお前に直談判しろって。」 「悪いがお断りだ。」 「頼むよ、姉貴に叱られる。」 ハチスがカツラの腕を取り懇願してきた。 「お前、シスコンか?」 「は?違うしっ。」 まさに図星だったハチスはおおいに狼狽えた。 「俺は無理。お姉さまからお叱りをたっぷり受けるんだな。」 カツラはそう言ってポケットから棒つきの飴を二本とりだしハチスに差し出した。 「ほら、これナラに。お前も叱られたらこれでも舐めてろ。」 ハチスは差し出された飴をぼぉっと見つめ、言われるままに素直に受け取った。 「じゃあな。」 カツラはそう言ってすたすたとハチスの前から去って行った。 「なんだよ、こんな飴なんか。」ハチスは手にした飴をじっと見つめた。そして最近は全く思いだすことのなかった昔を思い出した。 ハチスは周りの者よりも体の成長が遅く同級生によくバカにされた。外では強がっていたが、家ではハチスは泣き虫だった。両親は仕事が忙しく、年の離れた姉がハチスの母親代わりのようで、彼が泣く度に優しく頭を撫でてくれ飴をくれたのだ。ハチスの気が紛れるようにと。「どうして同じことすんだよ。」手にした飴を見つめながらハチスは複雑な気持ちになっていた。 「ん、気持ちいい...。誰だよ?そんなとこ舐めんな。」ハチスが自分の股間に視線を向けると、ハチスのそれをうまそうにカツラがしゃぶっている。まるで好物の飴を舐めるように。赤い舌を使い下から上へとゆっくり舐めまわす。 「えっ!」 ハチスと目が合ったカツラが股間から口を離し、ニヤっと口角を上げ、顔を近づけてきた。そしてそのままハチスの頬に舌を這わせる。ペロペロと。 「わぁっっ、ちょっ!」 そこでハチスは目を覚ました。彼の頬を舐めていたのは愛犬のコダチだった。 「くぅ~ん。」 コダチは腹が減っているのか甘えた声をだす。そして再びハチスの頬をペロペロと舐めまわした。 「なんちゅう夢を!!」ハチスは頭を抱えた。「俺はノーマルだぞっ!」あれはただの夢できにすることなどないとハチスは何度も自分に言い聞かせ、会社へ行く準備を始めた。

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