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第71話 9-8

 大学時代、ハチスは大学の図書館に足繫く通っていた。というのも大学図書館で図書館司書をしている女性に恋をしたからだ。彼女は眼鏡をかけており、レンズの奥の瞳は美しく、色白の肌に艶のある茶色の髪を後ろに一つに結っていた。とても清潔感のある知的な女性だった。彼女と話すようになったきっかけは、ハチスが授業で使うための参考になる本を探しているときだった。なんとなく受付にいる人に尋ねた。それが彼女だった。一緒に一生懸命目的の本を探してくれて、年上であるはずなのに彼女のその人柄にハチスは親近感を抱いた。 「エリカさんは司書になったのはやっぱり本が好きだから?」 「うん、本に囲まれていると落ち着くの。小さいころから本が好きで。」 何気ない話だったがハチスは幸せを感じていた。エリカはハチスの姉と正反対の性格であったが、ハチスは素直に彼女の全てに惹かれていた。こんな感覚は初めてだった。 「あの、これ。」  ガタンと音をさせ本を数冊返却カウンターに置いた男がいた。ハチスが視線を移すと、そこには講義が一緒の男がいた。彼はかなりの長身でガタイがいい割にマスクも甘いので、女子たちから人気があり、ハチスは彼の噂を耳にしたことが多々あった。女子が話しかけても不愛想らしいが、それがまたいいらしい。女子たち曰くおそらく浮気なんて皆無な人だと。なんの努力もしないで異性を惹きつけるその男への嫉妬か、ハチスは彼について良い印象を持っていなかった。 「あっ、タイガ君っ。」 エリカの態度がその男を目の前にして急変した。 「えっと、今日は本、借りなくていいの?」 「ええ。」 エリカは恋する十代の少女のように頬を赤らめながら男が返す本の返却処理をしていた。そんな彼女に対する男の態度は非常に素っ気無いものだった。 「なぁ、講義一緒だよな?」 男のエリカに対する邪見な態度にたまらなくなりハチスは気付けば彼に声をかけていた。 「そう?」 男はちらっとハチスを見ただけでエリカに対する態度と同じようにハチスにもぶっきらぼうに答えた。 「そうなの?タイガ君とハチス君は同じ学年なのね。」 「じゃ俺はこれで。」 タイガという男は用事が済むともう用はないというふうにさっさと図書館をあとにした。 「ハチス君、気にしないでね。タイガ君、あんな感じだけど本当はすごくいい人だから。」 なぜかタイガをかばうエリカにハチスはイラっとした。 「エリカさん、あいつとなにかあったの?」 「えっ、まさか。ただ、わたしが重い荷物を運んでいるときにタイガ君、黙って手伝ってくれたの。みんな見て見ぬふりだったのに。凄く助かったから。」 タイガのことを話すエリカはキラキラしていた。勘のいいハチスはすぐに分かった。エリカはタイガに惚れていると。 「あいつ、あまりいい噂聞かないけど。」 ハチスはくやしさのあまり事実と違うことを言った。 「きっと誤解されやすいんだろうね。わたしだけは彼のこと、わかってあげていたくて。」  今となっては昔のことだが、こうして声に出して話すとあの時の気持ちが甦りハチスは気分が悪くなった。  黙って話を聞いていたカツラはおもむろにポケットからまた棒つきの飴を取り出した。無表情で包みをはがし自分の口へと持っていく。そして遠く一点を見つめ飴を舐め始めた。カツラは真っ赤な舌を使って飴を器用に舐めている。その舌使いが妙に官能的で、あんな夢を見た後ということもありハチスはカツラの口元に釘付けになった。「口、小せえ、舌がエロい。あの舌で...。」自分の股間にまとわりつくカツラの舌を想像しかけた時にカツラがハチスの視線に気づき目だけ動かしハチスを見た。 「ほしいのか?」 「え?おまえを?」ハチスが心の中で答えるのと同時にカツラがポケットからもう一本飴を取り出しハチスに手渡した。 「ああ、サンキュ。」 別に飴が欲しかったわけではないが、受け取った都合ハチスは飴の包みをはがし口に含んだ。強烈な甘さが口いっぱいに広がる。 「甘っ。」 「疲れているときは糖分だろ?それで、おまえはその女に告白しなかったのか?」  カツラが飴を口から離し、その飴をハチスにむけ話の続きを催促した。よりにもよってカツラの舌と同じ鮮やかな赤い飴だ。カツラが舐めたことで飴は艶やかに光っていた。ハチスはカツラの唾液がついその飴を口に含みたい欲求に一瞬飲み込まれそうになったが、自分の手にある飴を口にすることでそんな欲求から意識を引き剥がし、再びあの時の話を再開した。

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