66 / 215
第72話 9-9
なにも知らないままだったらよかったが、エリカの気持ちに気付いてしまったハチスはその後図書館へ通う回数が減ってしまった。
ハチスはあれからタイガを意識し観察するようになっていた。彼は相変わらず男子とは気さくに話しているが、女子とはほとんど口をきいていなかった。きっと既に特別な人がいて、その人に一途なのだというのが周りの見解だった。
その年のバレンタインデーに、ハチスは偶然図書館に用があり久々に訪れた。エリカは来るかわからないハチスのためにチョコを用意しており、ハチスは喜んでそれを受け取った。彼女の渡しかたから、それが義理チョコだとすぐに分かったが。
「ありがとう。家でゆっくり食べるね。」
「うん。」
少し寂しい気持ちでそう答え、図書館をあとにしようとしたときに本を数冊抱えたタイガが来た。
「これ、お願いします。」
ハチスは二人のやり取りが気になったが、自分がいたらエリカはやりにくいだろうと思い、図書館を出るふりをして遠くからそっと二人のやり取りを見守った。今、図書館にはタイガとエリカの二人しかいない。
「あの、タイガくん。これよかったら。手作りなんだけど。」
ハチスがエリカから受け取ったチョコは明らかに購入したものだった。しかし本命のタイガには手づくりチョコを用意しているらしい。ハチスは嫉妬した。どうしてあんな不愛想なやつがいいのかと。タイガはエリカが差し出した紙袋に視線をおとし、彼女に伝えた。
「俺、甘いのは苦手で。」
「えっ、そうなのっ、ごめんなさい。わたし、知らなくて。」
エリカはバツが悪そうに紙袋をさっと自分の後ろに隠した。このまま終わると思っていたらエリカはやはり年上で、タイガに別の形でアプローチをかけた。
「タイガ君、今度良かったら一緒に出掛けない?荷物運んでくれたお礼したいし。食事でもどう?」
「そんなの気を使わなくていいんで。あの、これやってもらっていいすか?急いでるんで。」
エリカの気持ちを全くくみ取らないタイガにハチスは頭にきた。しかし同時にエリカがタイガに振られほっとしている自分もいた。
「あ、ごめんね。」
エリカはバツが悪いらしくその後無言で返却処理を行った。タイガはいつも通り処理が終わるとさっさと立ち去っていった。
図書館に一人残されたエリカは椅子に座り視線を落としていた。彼女のいる空間だけその場から切り取られてしまったようだ。ハチスは迷ったが、エリカを慰めようと彼女に声をかけた。
「エリカさん。」
「ハチス君、どうしたの?」
「大丈夫ですか?」
「やだ、見てたの。はずかしい。わたしなにやってるんだろ。やっぱり年上は嫌だよね。」
「エリカさん、俺っ。」
「タイガ君、素敵だから恋人いるに決まっているのにね。そんなことも確認しないでバカみたい。」
ハチスはなにを言ってもエリカの気持ちは変わらないと感じ、それ以上はなにも言えなかった。涙を我慢しながらわざと明るく話すエリカをこれ以上困らせたくなかった。自分とタイガは似ていない。今エリカへの気持ちをぶつけても、結局は拒絶されるかもという思いもあった。
エリカはその後しばらくして別の図書館に移動した。ハチスの初めての淡い恋愛もこうして終わったのだ。
「俺はあんなに人に寄り添えない人間は見たことがない。」
「おまえ、結局気持ちを伝えられなかったことをタイガのせいにしているだけなんじゃないか?」
「それは...。俺はエリカさんを困らせたくなかっただけだ。」
「困るかどうかわからないじゃないか。告白していないんだから。もしかしたら受け入れられていたかもしれないだろ。」
「それはっ...。」
カツラはぼぉっとしながら飴を口にふくんだ。「なんだよ、さっきまでご機嫌だったくせに。なにが気に障ったんだ?」思えばカツラに出会ってから、ずっと彼の態度に振り回されている。結局嫌な思い出をべらべらと話す結果となってしまった。
「俺は話したぞ!次はそっちが質問に答える番だ。」
「あ?そうそう仕事だった。」
カツラはテーブルの上に肘をつき重ねた手の甲の上に頭をのせハチスを見ながら面倒臭いという風に答えた。「こいつ、わがままなやつだな。美人だから許すけど。」ハチスはカツラに振り回されているが、それが不快ではなかった。こうしているだけでも楽しいのだ。同性への特別な感情のせいか今まで経験したことのない思いだが、自分がカツラに強烈に惹かれていることは自覚しつつあった。
「ハチスはお姉さまから卒業した方がいいな。いっそ年下と付き合えばいいんだ。」
「それ、面白がって言ってないか?」
カツラの長めの前髪が美しい翠の瞳にかかっている。目にかかった髪をどけてやろうと手を伸ばそうと思いたった瞬間、カツラの瞳がパッと大きく見開いた。
「あっ!」
急にカツラの表情が明るくなり顔を上げ姿勢を正し手をあげた。待ち合わせをしていると言っていたが相手が来たようだ。
入り口ドアに背をむけ座っていたハチスは自分のテーブル席に来た者を見て言葉を失った。それは相手も同じようだった。
「なんでおまえが?」
「なんでおまえが?」
同じ問いかけにハチスとタイガは二人ではもった。
「会ったんだ、偶然。」
カツラがタイガに顔を向け経緯を話した。タイガは不機嫌な顔でカツラの隣に座った。タイガはスーツ姿なのでこの時間まで仕事をしていたのだろう。タイガは鋭い目でハチスを睨みつけている。
「ほら。」
カツラはそういって今まで自分が舐めていた飴をふいにタイガの口につっこんだ。「えっ!?」ハチスが驚くと同時にタイガは口に入れた瞬間飴をかみ砕いた。
バリバリバリッ!
「じっと見ているからタイガもほしいのかと思ったのに。飴は舐めるものなんだぞ?」
ふてくされた小さな子供をあやすようにカツラが優しくタイガに言った。たしかにハチスの手にはカツラから貰った飴があった。ハチス本人を睨んでいたタイガだったが、カツラは飴が欲しくて見ていると勘違いをしたようだ。
「どれくらい一緒にいたんだ?」
まだ不機嫌な表情でタイガが尋ねた。
「どうでもいいだろ?それよりおまえらこんな時間からどこに行くつもりなんだ?」
二人の親密な感じに苛立ちを抱いたハチスはたまらずに尋ねた。
「久々にここでゆっくり話したかったのに。仕事が長引いてまさかおまえとはち合わすとはな。」
「それはこっちのセリフだ。」
「もう遅いし、帰るか?タイガも疲れているだろ?」
カツラがタイガに言った。
「ああ、帰ろう。」
「なんだよ、方角まで一緒なのか?」
「タイガ、言ってないのか?」
カツラの言葉にハチスが何のことだと思った瞬間タイガが言い放つ。
「今言う。ずっと言おうと思っていたし。俺たち一緒に住んでるんだ。つき合ってる。」
「は?」
状況が全く飲み込めずぽかんとしているハチスを気にすることなくカツラが言う。
「ハチス、タイガは女性がだめなんだ。ずっとな。おまえが片思いしていた彼女にはそもそも望はなかった。」
「え?」
ハチスはタイガとカツラが言っている意味を理解するのにしばらく時間がかかった。
「えーっ!つき合ってるって。そういうことなのか?」
ハチスはようやっと理解した。「いや、ちょっと待て。ということはこいつらヤッてんのか?カツラはタイガのアレをしゃぶって...。」
「じゃぁな、ハチス。俺が提案した件、考えてみろよ?上手くいく気がする。」
ハチスの想像がやばいところにいく手前でカツラがハチスに話しながら席をたった。そしてハチスの頭にナラにしたようにぽんと軽く手を置いたのだ。
二人は店を出て行ったが一人残されたハチスはしばらくは動けなかった。「好きだって自覚した途端に失恋かよ。ナラ、アレは反則だよな。」
今夜はいろいろありすぎた。ハチスは手にした飴を口に運びバリバリと噛み砕いた。「俺ならちゃんと最後まで舐めてやるのに。」ハチスは今夜もカツラの夢を見ると断言できた。
ともだちにシェアしよう!