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第73話 9-10

「くそっ、夢見るどころじゃねえよ。あいつらの言ったことが気になって眠れなかった。寝不足だ!」ハチスは目の下にクマができ、寝不足のせいで目つきもかなり悪くなっていた。先輩からは女遊びもほどほどにしろよと言われる始末だ。  昨日は言い逃げを食らった感じになってしまったから、今日はタイガを問い詰めてカツラとのことを改めて聞き出すつもりでいた。しかし、そんな日に限ってタイガに会うことがなかった。タイガの部署まで行き、わざわざ所在の確認までしたら、タイガは今日は取引先で打ち合わせで会社には戻らないとなっていた。「それで昨日は遅くまで仕事をしていたわけか。」  どうにもこうにも二人のこと、主にカツラのことが気になって仕事に全く手がつかない。ハチスは思春期の少年のようにいてもたってもいられなくなり、ダメ元でカツラと偶然出会った店へとむかった。「ちょうど今ぐらいの時間だったはずだ。」  これではまるでストーカーではないかと自分でも思ったが、事実をきちんと確認しないと前に進めそうになかった。ここまで男のカツラに夢中になってしまうとは。しかも自分が意識していた男のものということで余計に気持ちが煽られているのかもしれない。  ハチスは同性同士のカップルに特に嫌悪感はなかった。自分が蚊帳の外である限りはどうこう思うことはなかったからだ。カツラに出会うまで、同性と付き合うなど自分の人生において縁のないことだと思っていた。しかし相手が強烈な美形なせいか、今となっては性別に関しての抵抗は全くなくなっていた。むしろ同じ男同士でもカツラはタイガと付き合っているのだから、自分にもチャンスはあると思っていた。  店を出入りする人を見ていたがカツラの姿はなかった。「やっぱり空振りか。」そう思いながらもやはり気持ちが諦めきれず、かなりの間待っていた。するとハチスの願いが通じたのか目的の人物、カツラが歩いてくるのが見えた。彼の姿を目にし、ハチスの胸は高鳴った。カツラは今日も上下黒の服装にこの間と同じ白い上着を羽織っていた。ハチスはカツラが買い物を終え店から出てきたときに声をかけようとその時を待つことにした。 「カツラ。」 自分の名前を呼ばれ、カツラが振り向いた。 「ハチス?なんだ、この辺回ってんのか?」 昨夜話したからか、カツラの態度はこの間ここで呼び止めたときよりはだいぶ感じがよくなっていた。しかも今ハチスは勤務中でスーツ姿だ。まさか自分を待ち伏せしていたとは思っていないようだった。 「まぁな。あのさ、せっかく会えたからさ、少し時間いいか?」 「ん?また恋の相談か?アドバイスしてやったろうが。」 カツラは歩きながら答えた。ハチスはなんとかカツラをひきとめようと必死に頭を回転させた。 「深刻なんだ。な、飲みものおごるからさ。」 「ああ?」 ハチスの必死さが伝わったのか、カツラが歩みを止めた。「やった、もう一押しだ。」ハチスは拒否されるかもと思いながらもカツラの腕をつかんだ。しかし、彼の心配をよそにカツラは腕をふりほどかなかった。ハチスは近くの公園までカツラを連れ出すことに成功した。ハチスは久しぶりに恋をしていると実感していた。緊張で鼓動が早くなるのを感じながらカツラのために購入した飲み物を彼に手渡した。 「で、深刻ってなんだよ?俺も暇じゃないんだけど。」 公園のベンチに座りハチスが買ってきた飲み物に口をつけながらカツラがさっさと話すように促してきた。 「昨日、タイガと付き合ってるって言ってただろ?カツラも女がだめなのか?」 「え?俺は別にそういうわけじゃないけど。ハチス、もしかして同性のやつに恋したのか?」 まさか自分のことだと思っていないカツラはハチスに興味深々という感じで尋ねた。 「えと...。」 カツラが自分と同じ、もともとの女嫌いというわけではないという告白を聞き、ハチスはなおさら親近感を感じた。しかしどうきりだせばいいのか。ハチスはカツラに会うことばかりで頭がいっぱいになっていて、彼とどのような会話をするのか全く考えていなかったことに気付き焦った。 「また年上か?」 「おまえ、進歩ないな。ま、同性なら違ってくるのか?どうなんだよ、脈ありな感じ?」 ハチスの焦りをよそに人の恋の話は楽しいらしく、カツラは話の主導権を握ってハチスに問いかけた。 「俺ってどう見えるよ?」 「え?」 予想外の質問にカツラは驚いているようだ。美しい翠の瞳が大きく見開かれている。ハチスは間近で見るカツラの顔に衝撃を受ける。今までの自分の人生でこんなに綺麗な者と出会ったことはないと。そして自分のものにしたいと強く思った。ハチスはこの時初めてカツラに対する独占欲が涌いた。 「女ウケは悪くないだろ?そういうの、おまえ出てるからな。男ウケはようわからん。タイガはおまえのこと嫌っているようだし。」 「俺もあいつは嫌いだ。カツラはどうだ?」 ずばり自分の意見を求められ、カツラは再び目を見開いた。 「うーん。ハチスは最初は誤解を招くタイプだな。その彼とも仲良くなってから様子を見た方が失敗はないかも。」 これはカツラが最初にハチスに抱いていた印象なのだろう。ということは今はそこまで悪く思っていないということだ。 「エリカさんに告白したらよかったのにって昨日言っていたよな。」 「うん。」 「俺もそう思った。今度は後悔したくないし。」 まっすぐカツラの瞳を見てハチスが言った。カツラがなにか感じ取ったのか居心地が悪そうに眼を逸らした。 「ま、そんなとこだ。」 そう言って立ち上がろうとしたカツラの手をハチスは強くつかみ、自分の方に引き寄せた。そしてそのままカツラにキスをした。

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