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第81話 10-2

丘の上のレストランで今夜カエデと会う。タイガは緊張していた。今まであまり深く考えてはいなかったが、よくよく考えてみれば自分の元恋人と今の恋人が顔を合わせるのだ。自分はいったいどんな顔をしてその場にいればいいのかと頭を悩ませた。場合によっては世間では修羅場になりかねない状況だ。 カエデに一方的に別れを告げられたタイガであったが、カツラと出会ったことで、今ではカエデを責める気持ちは一ミリもなかった。お互いが何者かわからずに偶然顔見知りとなったカツラとカエデの出会いも不思議な出来事だ。「俺とカエデは別れたことにお互い納得している。しかもそれぞれに新しい恋人までいる。何も気に病むことなどないはずだ。フジキさんもいるし大丈夫だな。」タイガは悩むだけ無駄だと結論づけ、出かける準備を続けた。 タイガがあれこれ考えながら洗面所での準備を終えリビングに戻ると、カツラはとっくに身支度ができていた。カツラはソファに座り長い足を組み、携帯を眺めていた。  今日のカツラはいつにも増して美しかった。彼はタイはぜずバンドカラーのシャツに綺麗なスキニーパンツを合わせている。上には形の良いジャケットを羽織っていた。特に服装に気合を入れているふうではないのに、ずば抜けてよい顔とスタイルのせいか、どこかの国の貴族のようになっている。ラフにセットした髪のせいでいつもより色っぽく見え、タイガは出かける間際にも関わらず今すぐカツラの服を全て脱がし、抱きたい衝動に駆られた。 「なに?」 自分にまとわりつくタイガの視線に気付き、カツラが振り向き尋ねた。 「えっ?いや...。」 今カツラに抱いていた(よこしま)な思いをなんとか隠そうとタイガは言葉を探したが、言葉が続かない。 「準備完了か?」 カツラはそう言いながら立ち上がりタイガに近づく。そして手を伸ばしタイガの首元のネクタイのゆがみを直した。タイガはカツラに目を奪われ彼から視線をはずさずじっと見ていた。 「これでよし...と。」 上目使いでカツラがタイガを見る。そばに来たカツラからはよい香りがする。香水をつけているのだ。 ちゅっ...、くちゅっ。 タイガは我慢できずにカツラのあごを引き寄せ、唇を重ねカツラの口の中を貪った。 「んっ...。」 カツラも拒むことなくタイガを受け入れた。しばらく深いキスを続け、タイガの手がカツラのシャツをめくり上げようとしたところで、カツラがタイガのその手をとった。 「タイガ、遅刻する。続きは帰ったら、な?」 タイガはカツラに瞳を絡み取られ、言い聞かせるように(ささや)かれた。仕方なく燃え上がりかけた欲望を渋々おとなしく引き下げる。 確かにそろそろ出発しなければ、約束の時間に遅れてしまう。おたのしみは帰ってからと自分に言い聞かせ、タイガはカツラと二人自宅をあとにした。 「レストラン、丘の上だっけ?」 「そうなんだ。俺も車でしか行ったことなくて。」  今夜二人が向かうレストランは二駅離れた場所にあった。駅からは延々に続く坂道や階段を上って行かなければいけない。 酒を売りにしている割に場所が悪いとタイガは思っていたが、逆に街並みを見下ろせ、夜景が楽しめロマンティックだと評判はいいらしい。レストランではもちろん送迎バスや代行運転なども手配しているとか。  しかしタイガたちは今夜、あえて駅から目的のレストランまで徒歩で向かうことにした。気候もよく、カツラがタイガと二人で歩きたいと希望したからだ。  タイガは体力には自信があった。学生時代はアメフトをしており、社会人になってからも体が鈍らないようにジムで鍛えている。歩き疲れてしまうであろうカツラを途中でおぶってやり、いいところを見せるチャンスだと考えていた。 しかし、実際レストランまでの道のりはタイガの想像を超えており、ジムで体を鍛えているからすいすいと(のぼ)っていけるものではなかった。 「タイガ。もうすぐで石段も終わりだ。大丈夫か?」 カツラにいいところを見せるはずが逆に心配されてしまっている。息を切らし、前傾姿勢で歩みを進めていくタイガとは異なり、カツラの身のこなしは軽かった。 ようやく一番上までたどり着き、二人で手を繋ぎレストランへと向かう。 「はははははっ。」 カツラが不意に笑い出した。 「なんだよ?」 「タイガ、おまえもう少し体鍛えたほうがいいんじゃないか?爺さんみたいだったぞ。」 「えっ!」 「ふふふふふふっ。」 タイガの身のこなしがよっぽどおかしかったのか、カツラの笑いは止まらない。惚れた相手にいいところどころか情けない姿を見られこんなに爆笑され、タイガは恥ずかしくなった。 「仕方ないだろっ。ジムには行ってる。得意不得意ってあるし...。」 タイガの必死の言い分にカツラがタイガの顔を見つめた。 「そうだな。ここの動きはすごくいい。」 カツラはそう言ってタイガの腰をゆっくりとなぞった。タイガはカツラの手の動きに背筋がゾクリとした。外でなかったら、タイガはカツラを押し倒しそのまま行為に及んでいた。タイガは必死に気持ちを落ち着かせるために、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。 「俺はおまえがいない間に走ってるから。ま、慣れだな。」 タイガをフォローするようにカツラが話し続けた。 「そうなのか?知らなかった。」 「だから足、あんなに綺麗なのか…。」タイガは一人納得した。 「息、整ったな?」 カツラが言った一言はまるで自分に言い聞かせるかのような言葉だった。 「あ...、うん。」 タイガはようやく気付いた。カツラは緊張しているのだ。おそらくカエデと会うから。タイガはカツラの手を強く握りしめた。

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