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第82話 10-3

 目的のレンストランは遠目からでもすぐに分かった。建物自体が異様にでかいのだ。そして周りの建物よりも数メートル高い場所にそびえたっている。それはその場だけ別の空間から現れたように異彩を放つ存在感があった。  まるで神殿のような白く大きな柱がそびえ立つエントランスを抜けると、ようやく店内の入口に差しかかった。 案内係が予約表を確認しながら、他のスタッフに指示を出している。彼らの背後には開け広げられた白い空間が広がっており、荘厳なシャンデリアが高い天上から柔らかいオレンジ色の(あか)りを店内に落としている。色鮮やかな花々がセンス良く配置され、四方には大きな窓から美しく煌めく夜景が見えていた。 「すごいな。」 初めてこの場を目にしたカツラが呟いた。彼の瞳は明かりを受け美しい色を(とも)していた。タイガはカツラのこの表情を見て、連れてきてよかったと思った。 「今夜は特に気合が入ってるんだよ。なんせ一周年記念のパーティーだから。俺が来る昼間はもう少し落ち着いた雰囲気だよ。」  案内係に名前を告げ、席に案内される。もう連れの者は来ていると彼はタイガたちに伝えた。カツラは店内の様子を観察しながらタイガの横に並び歩いた。『desvío』の店長監修の酒を提供する店なのだから、酒はどこにあるのかと思っているのかもしれない。  カツラから視線を離し前を見ると、既に席に着いているカエデと目が合った。彼はタイガと目が合った瞬間いつもの太陽のような温かい微笑みを浮かべた。タイガもカエデの笑みにつられて微笑んだ。そして気付いた。フジキがまだ来ていないことに。 「カエデ、早かったんだな。」 「タイガ、すごいや。やっぱり時間通りだね。」 カエデの持つ穏やかな空気感にタイガはひき込まれ、まったりと挨拶を交わした。そのままタイガはカエデと微笑み合っていた。二人の間に言葉はいらない。目だけでお互いの様子がわかるとでもいうように。 その時、カツラに服の袖を強く引っ張られた。タイガは慌ててカツラをカエデに紹介する。 「えと...。会ったことあると思うんだけど。カツラだ。カツラ、カエデだ。」 タイガはあてにしていたフジキが不在なうえカツラに催促されるまで彼をカエデに紹介しなかったことに心臓が破裂しそうになっていた。「ヤバイ。カツラの顔を見れない。怒ってないだろうか...。」 「はじめまして。あの時はありがとう。助かったよ。」 カツラが過去、道端でカエデに介抱してもらった礼を述べた。 「こちらこそっ、はじめまして。役にたててよかったです。」 カツラの声は落ち着いている。恐る恐るカツラの顔を見ると、彼の顔を見慣れているタイガでさえドキリとするような飛び切りの微笑みを浮かべていた。カエデは身なりを整えたカツラの姿、笑顔に衝撃を受けたようだ。初対面にカツラが他人に与える印象にタイガは改めて驚いた。 「立ったままもなんだし、かけようか。」 タイガは今一番気になっていることをカエデに尋ねた。 「ところでフジキさんは?」 「向かっているらしいよ。バスが渋滞に巻き込まれたって。多分フジキさんと同じバスに乗っている人、たくさんいるんじゃないかな?さっきから店の人たちがバタバタしているから。」 フジキは今夜、このレストランが配車しているバスで来るようだ。 「そっか。じゃ、料理はフジキさんを待ってからの方がいいか。まだ時間は早いし。」 「そうだね。」 カエデは改めて近くで見るカツラの存在に圧倒されていた。あの時は体調がかなり悪かったのかそれなりに綺麗な人だとは思ったが、今ほどではなかった。今夜目にするカツラはカエデが介抱した時より数倍美しかった。 しかも今カツラはカエデのことをなぜかとじっと見てくるのだ。彼の視線に気付き目が合うとにっこりと微笑まれる。仕方なくカエデも微笑み返すが、カエデは居心地の悪さを感じていた。 カエデがおどおどしているような気がしてタイガはなにか話さなければと思い、カツラの話をすることにした。 「カツラは酒にすごく詳しいんだ。この店の酒もカツラの店の店長がアドバイスしいて。」 「そうなんだ。」 タイガの話に素直にカエデが驚嘆の表情を浮かべる。琥珀色の綺麗な瞳が大きく見開かれる。まるでその場に花が咲いたような表情だ。カエデの柔らかい表情はキラキラしていて輝いていた。カエデの微笑みにタイガもつられて太陽のような温かい笑みを浮かべた。 「今夜も料理にあった酒はカツラに聞いた方がいい。きっと店員より詳しいし間違いないから。」 「それは楽しみだな。」  タイガとカエデの話は何気ないものだったが、長い時間を同じ環境で共に過ごした者同士だからか阿吽(あうん)の呼吸で弾んでいた。二人のやり取りにとてもカツラが割り込める隙はなかった。二人だけの特別な空気というのだろうか。固い絆のようなものを今のやり取りだけで肌で感じた。 ヴヴー、ヴヴー。 テーブルに置かれたカエデの携帯が鳴った。 「きっとフジキさんだ。」  カエデは席を立ち離れた場所で携帯をとった。 タイガは隣にいるカツラに視線を移した。先ほどからカツラは二人の会話に入っていない。カツラはテーブルにある水の入ったグラスに手をかけぼんやりとグラスの中の水を見つめていた。カツラの瞳は虚ろだ。タイガの心にひやりとしたものが走った。 「カツラ。」 タイガは慌ててテーブルの上に置かれたもう片方のカツラの手に自分の手を重ね、彼の名を呼んだ。 「ん?」 カツラがタイガに顔を向けた。どことなく寂しそうに見える。 「大丈夫?」 タイガはたまらなくなりカツラの顎に手を添えた。そのまま親指でカツラの唇を優しくなぞった。  カエデはフジキからの電話を切り席に戻ろうとした。そこにはカエデが今まで見たことのない表情でカツラに触れているタイガの姿があった。まるでたいせつな宝物をいたわるようなまなざしでカツラの唇を触っている。このまま二人はキスをするのではとカエデはいたたまれなくなりエントランスの方に向かった。

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