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第83話 10-4
カツラが自分に触れたタイガの手を取った。そしてタイガから視線を離し答えた。
「心配ない。ただ...。」
「ただ…、なに?」
タイガはカツラのことが気になって優しくその続きを促す。しかしカツラが口を開きかけたときに名前を呼ばれた。
「タイガ!」
振り返るとフジキがこちらに向かってきていた。彼の後ろにはカエデも一緒だ。
「フジキさん、よかった。思ったより早く着いて。」
カツラの姿を捕らえ、フジキが一瞬息を呑むのがタイガには分かった。しかしフジキはそのことを誰にも気づかれないようすぐにカツラに声をかけた。
「カツラくん、久しぶり。」
「どうも。」
カツラの表情も普段のものに戻っていた。タイガは「気にしすぎだったか?」とほっと胸を撫でおろした。
フジキは緩衝材のように三人の仲に溶け込んだ。彼がいるだけで四人で楽しく会話をすることができた。タイガが気になっていたカエデの表情も明るい。隣に座るカツラも笑顔が戻った。食事が一通り終わるころにはまだ話尽きないという感じだった。
「まだ上には行っていないんだろ?」
フジキがタイガに確認する。
「はい。」
二人の言葉を聞き、カツラとカエデが何のことかという表情になった。タイガが説明を続ける。
「驚かせようと思って。実はこのレストラン、二階もあるんだ。」
「え!?そうなんだ。」
天井がとても高い一階のレストランからは二階があるとは思わないだろう。カエデもとても驚いたようだ。
「夜景がもっと綺麗で。バーがあるんだよ。酒瓶がいっぱいある。」
タイガは最後はカツラの顔を見つめながら話した。その目は愛おしい者を見る目だった。
「そんなわけだから、いまから上に行くか。また違った雰囲気でいいよ。」
フジキに促され、一同移動する。タイガたちは二階に行く旨を店員に伝えた。フジキが言った通り二階は一階と全く雰囲気が異なった。薄暗い照明、低い天井。広いテラスもあり外に出て景色を楽しみながら酒を飲んでいる客もいる。空間が違うだけで見える夜景も大人びたものに見えた。カウンター越しには『desvío』程ではないが酒が並べられていて、カツラは食い入るようにそれを眺めていた。
「あそこにかけようか。」
フジキが指し示した席はソファの席だった。座り心地が良くくつろげる。
「カツラくん、酒、見に行かない?」
フジキがカツラを指名しカウンターに行こうと誘った。瞬間、タイガの瞳の色が変わる。
「タイガ、すぐ返すから。」
そんなタイガの様子に目ざとく気付いたフジキがタイガに一言声をかけた。カツラは心配ないとタイガに目くばせをし、フジキと一緒にカウンターに行ってしまった。
飼い主に置いていかれた子犬のようにタイガはしゅんとなった。カエデは今夜カツラに対するタイガの一通りの様子を目撃し、驚いていた。
「タイガ...。」
カエデが遠慮がちにタイガに声をかけた。カエデに声をかけられようやく我に返ったようにタイガが返事をした。
「あ、ごめん、なに?」
「本当にあの人のこと、好きなんだね。」
「えっ!まぁ...うん。惚れてる。自分でもやばいって思うくらいに。」
タイガは少し照れくさいというふうに視線を落として話した。そんなタイガを見てカエデは柔らかく微笑んでいた。
「さっきから、僕の知らないタイガばかりだ。少し寂しいな。」
カエデの言葉にタイガはカエデを見つめた。カエデは視線を落としている。
「フジキさんにお願いしたんだ。タイガと二人で話す時間が欲しいって。僕がタイガと別れることになった理由をちゃんと話していなかったから。」
「いいよ、話さなくて。気にしていないし。大切な人ができたんだろ?その人とはうまくいっているのか?」
「うん…。かなり難しい人だけどね。」
「今度はカエデがその人に俺を紹介してくれよ。」
「ははは。したいけど、どうかな。かなりその...。やきもち焼きだから。」
相手のことを思い出しているのだろう。カエデの頬が桃色に染まった。タイガはカエデが幸せそうでよかったと思った。
「俺は逆だな。やきもちばっかり焼いて、おかしくなりそうだ。あんな感じだから、その...。」
カエデはタイガの言わんとしていることが分かった。カツラはかなり目立つ。彼を自分のモノにしたいと思う者は男女問わず多いだろう。
「大丈夫だと思うよ、多分。」
「え?」
「カツラさん、タイガのことすごく好きだと思う。僕なんか会ってからずっと敵意むき出しで見られている気がするし。」
眉根をよせてそう話すカエデにタイガは絶句した。「カツラが敵意むき出しで...?」
「ほんとか?」
「うん。今もチラチラこっち見てるしね。」
タイガはカエデの言葉を聞いた瞬間振り返りカウンター側に目を向けた。ちょうどフジキと目が合い、フジキが手をあげた。カツラはタイガのことなど見ておらずカウンター越しの酒瓶を見ている。
「タイガ、カツラさんはこういうことにはタイガより上手 みたいだね。でも僕の言ったことは全部本当だから自信持って。」
カエデは嘘を言わない。
「ありがとう。」
「うん。」
カエデは微笑み、席を立ちカウンターに向かった。フジキと合流するつもりだ。ということはカツラが戻ってくる。そう思ってタイガは姿勢を正し待っていたが、カツラはタイガの席に戻ってこなかった。
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