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第84話 10-5
「あの、カツラは?」
いつまでたっても自分の元に戻ってこないカツラを気にしてタイガはカウンターに行った。そこにはカツラの姿はなく、フジキとカエデが二人で楽しく会話をしていた。
「え?戻ってないのか?レストルームに行くって言ってたけど。」
「わかりました、見てきます。」
タイガは急ぎレストルームに向かった。しかしそこにはカツラの姿はなかった。気持ちが焦り携帯をかけるが電源を切っているようで繋がらない。
また店内に戻り視線をさ迷わせる。いた、テラスに!しかも誰かと一緒だ。タイガは大股でカツラの元へと詰め寄った。
「カツラ!」
タイガの呼びかけにカツラが振り向いた。彼は手すりにもたれ手にはグラスを持っている。隣にいるのは身なりの良い中年の男だった。包容力があるような優しいブラウンの瞳。ガタイはタイガ並に良く、口元には綺麗に髭が切りそろえらえ、できる男の雰囲気をまとっていた。
「カツラ、何してるんだ?」
タイガは自分の元に戻ってこず、他の男と親し気に話しているカツラへの怒りを隠そうともしなかった。カツラは酔っているのか目つきが少しいつもと違い、反応も鈍かった。
「すまない。話を聞いてもらっていただけなんだ。酒が進んでいるみたいだから気を付けてあげて。じゃぁ。」
中年の男は紳士的にそう答えカツラの目をしっかりと見て去っていった。男の大人びた態度に余計に自分の子供っぽいところをフォーカスされたようでタイガはなおさら苛ついた。カツラを睨むと彼はまだぼーっとしまま去っていく男の後ろ姿を見つめていた。
「カツラっ、来て!」
タイガは反応の遅いカツラの手を取り階段を下りて行った。
カエデはフジキと仕事のこと、今つき合っているリョウブのことを話していた。フジキはカエデにとって良き理解者であり相談相手だった。カエデはフジキを兄のように慕い、頼りにしていた。
そんなフジキから彼の彼女、カリンの存在を聞かされ今衝撃を受けていたところだ。そんな時にタイミング良くフジキの携帯が鳴り、確認すると着信はカリンだった。フジキはいつかかってくるかわからないカリンの電話に出るために、カエデの了解をとりその場から離れた。フジキが幸せそうでよかったとカエデは自分のことのように嬉しく思った。
グラスに注がれた酒に口をつけながら、そういえばタイガは彼をみつけることができたのだろうかと思った。タイガを元気づけるためにタイガに寄り添うつもりで先程はああ言ったけれど…。
タイガが彼にいいように振り回されて疲れているのではと心配で仕方がなかった。改めて二人を見ると、カツラはタイガの手に負えない相手のように思えた。タイガには似合わないとカエデは感じていた。
そしてなんとなく辺りに目をやると、ちょうどタイガがカツラの手を取り階段を降りる所だった。
タイガの表情はカエデが見たことがないほどかなり険しく、ただごとではないような気がした。タイガのことが気にかかった。カエデはしばらく迷っていたが、二人の後を追い急ぎ一階へと向かった。
「カツラ、さっきのは誰?」
タイガは一階にある裏庭までカツラを連れて行った。ここは死角になっている。タイガは大きな木を背にもたれているカツラの顔を両手で包み込み、先ほど一緒にいた男のことを問いただしていた。
「ふふふふふっ、なにをムキになってるんだ?ただおしゃべりしていただけじゃないか。」
カツラはタイガの切羽詰まった様子など全く意に介さずのらりくらりと答えた。
「なんだか親しそうに見えた。まさか知り合いなのか?」
カツラの翠の瞳が大きく見開かれた。
「タイガ、おまえすごいな!エスパーか?俺のことはなんでもわかるんだな。」
カツラはにやりと笑い手をタイガの顔に添えようとした。その手をタイガがガシッとつかむ。
「ということは知り合いなんだな!まさか関係のあったやつなのか?」
タイガは途端に不安になった。男は魅力的だった。自分とは違いかなり落ち着き安心できる存在のように思ったからだ。
「どうでもいいだろ、そんなこと。ああ、喉が渇いた。」
珍しくカツラが酔っている。少しの間離れていただけなのに。あの男が酔わせたのだろうか。
酔ったカツラはたまらなく魅力的だった。カツラは暑いのか首元のボタンをはずす。美しい白い肌が見えた。タイガは今日自宅からずっと我慢してきた欲望を押えてきた理性をここで手放すことにした。
「喉が渇いてるんだな。」
タイガは瞳の色を濃くし、カツラの唇に食らいついた。
かぷっっ。
「んっ!」
突然のキスにカツラの声がもれる。タイガは自分を押さえることなくカツラの口腔内を貪った。
「ああっ、タイガっ…。」
息が苦しくなったのかカツラがタイガから唇を離そうともがき始めた。タイガはそうはさせるかと力づくでカツラの唇に自分の唇を押し付け舌を入れる。
いつもならそろそろカツラも大人しくキスに応えるのに今夜はまだキスを拒み続ける。タイガは焦ってきた。
「やめろっ!」
唇がわずかに離れた瞬間、カツラが叫んだ。タイガは初めて受けたカツラの拒絶に金縛りのように動きを止めた。
カツラは自分が発した言葉によってタイガの力がいきなり抜け、体が自由になったことに気付き、初めてタイガの顔を見た。
タイガは捨てられた子犬のような表情でとても寂しく悲しい瞳をしていた。瞳からは今にも涙がこぼれそうだった。
「ごめん。」
タイガはなんとか聞き取れるような小さな声で呟きくるっと背を向けた。
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