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第88話 10-9

 タイガは自分の不甲斐なさに辟易(へきえき)していた。昨夜はあれから数回愛し合い、バスルームから出、寝室に向かうと二人そろってすぐに泥のように眠ってしまった。タイガが目を覚ました時に隣にカツラは居なかった。急ぎリビングにいくと書置きがあった。 〈走ってくる。タイガは部屋の掃除を頼む。〉 今日こそはカエデと何があったのか聞かなければとタイガは気を引き締めた。夕方前にカツラは店に行ってしまう。タイガがカツラに言われた通りに部屋を掃除し片付けているとしばらくしてドアが開く音がした。 「おかえ...り。」 玄関までカツラを迎え出る。ジョギングから帰宅したカツラは動きやすいようにスパッツにハーフパンツを履き、タンクトップの上に薄手のパーカーを羽織っていた。本当になにを着ても様になる。初めて見るカツラのスポーティーな姿にタイガは見とれていた。 「タイガ、おはよう。えらいな、ちゃんと掃除してたな。」 カツラはタイガを褒めるためにタイガの頭によしよしと手をのせた。その手をガシッとタイガは掴み、カツラにキスをした。濃いキスをしばらくしてカツラが唇を離す。 「タイガ、汗かいてるから。ちょっと待って。」 カツラが微笑みバスルームへと向かった。一人残されたタイガははっとなった。「なにやってるんだ、俺は!これじゃ盛りのついた犬じゃないか。聞かなきゃいけないことがあるのに。しっかりしないと。」 タイガは行儀よくソファに座りカツラがバスルームから出てくるのを待っていた。 「どうした、タイガ?難しい顔して。」 カツラが汗を流し終え戻ってきた。手には水のペットボトルを持っている。そのままダイニングの椅子に座った。カツラはタイガがなにを聞こうとしているのか分かっているようだ。 「昨日....帰ったら話すって言ってただろ?カエデとなにがあったんだ?」 「なにがって。特になにもないんだけどな。話をしたのもほんの数分だ。」 カツラは水を一口飲んだ。カツラの首元の喉仏がそれに合わせてごくりと動いた。ただそれだけなのにタイガはまた欲情しそうになり、慌てて視線を逸らした。 「なにを話したんだ?」 タイガは膝の上で組んだ自分の手を見つめながら尋ねた。 「タイガは俺のものだから返してやらないと言ったんだ。」 「えっ?」 カツラの言葉にタイガはカツラを見つめた。カツラはタイがの反応を探るように見つめ返していた。 「えっ?なんでそんなことでカエデが泣くんだよ?」 タイガはわけが分からないという感じで言った。しかもカツラがわざわざそんなことを今さらカエデに言ったことも理解できなかった。 「っとに。おまえは鈍いからな。」 カツラは手にしていたペットボトルをテーブルに置き、タイガの元にきた。そのままタイガの膝の上に向かい合うように座りタイガの肩に腕を回した。 「ダーリン、分かってないな。」 カツラにこんなふうに呼ばれたのは初めてだった。タイガは胸が高鳴り視線はすぐ目の前にいるカツラに釘付けになった。 「カエデは恋人とうまくいっていないんじゃないか?そんな時に久々におまえに会って話して昔を思い出した。おまえへの気持ちも。おまえたち二人は良く似ているし、一緒にいるとすごく自然だ。俺が嫉妬するぐらいに。」 カツラの言葉は衝撃だった。カエデはタイガに恋人とのことは順調だと言っていた。鈍い自分が気付けなかっただけなのか?そして何よりもカツラが言った最後の言葉に驚いた。「嫉妬した」と。 「俺が今誰よりも愛してそばにいたいと思っているのはカツラだけだ。この気持ちは一生変わらない。だからそんなに不安になることはない。俺たちは婚約だってしているし。」 タイガはカツラの腰に手を回し彼の目をしっかりと見て自分の気持ちを伝えた。 「うん。わかってはいるけど。そう感じたんだ。」 タイガは優しくカツラの頬に手を添えた。カツラがその手に自分の手を添え目を閉じた。 「カエデが俺とヨリを戻したがっているなんてきっと考えすぎだよ。恋人のことで悩んでいるならフジキさんに相談すると思うし。きっとただ、昔を思い出しただけだ。」 カツラがゆっくりと瞼を開いた。そのままタイガを見つめる。 カツラはカエデが自分たちの情事を目撃したことをタイガには伝えなかった。タイガがカエデと気まずくなると思ったからだ。過去に関係があったからと言っても、もう心変わりをしてしまった相手の情事を目撃して、あそこまで動揺するだろうか。カエデはタイガに未練がある、カツラは確信していた。 「カツラ、大丈夫だから。心配しないで。愛してる。」 タイガは先ほどから何度も我慢した欲望に(あらが)うのもこれで終わりと不安げな瞳で見つめるカツラにキスをした。そしてカツラへの愛を何度も囁きながらカツラを抱いた。

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