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第89話 10-10
もう一時間もすればカツラは店に行く用意をしなければいけない。二人でいると時間があっという間に過ぎてしまう。朝っぱらから何度カツラを抱いてもタイガは次から次へと欲情しカツラを求めてしてしまう。こんなことをしているから時間が足りなくなるのだが...。
タイガはベッドに仰向けになり天井を見つめながら、カツラと付き合ってきた相手はどうだったのかとふと思った。自分のように繰り返し激しく求めていたのか。そしてタイガは大切なことを確認し忘れていたことに気付いた。
「カツラ...。」
目だけでカツラを見ると、カツラはタイガの方をむいてまどろんでいたらしい。眠そうな声が返ってきた。
「ん...なに?」
「レストランで話していた男、誰?知り合いなんだよな?」
「ああ?」
カツラがタイガの質問を聞いて伸びをした。そして枕元にある自分の携帯のケースから名刺を取り出しタイガに手渡した。
名刺には「×××会社 企画部 部長」と肩書があった。あのレストランをよく利用する会社だ。タイガも耳にしたことがあった社名だった。
「好きにすればいいよ。もともと連絡するつもりはないし。むこうもそんなつもりで渡したわけじゃないから。」
名刺をマジマジと見つめるタイガにカツラがあっさりと言った。
「え...っと...誰?」
相手のことが気になって仕方がないタイガがなおも尋ねるとカツラはお手上げというようにサラ髪をかきあげながらとうとう白状した。
「前に話したろ。大学のOBで世話になったって。」
タイガの時間が止まった。確かに聞いたことはある。しかしその男はカツラの男性経験の初体験の相手のはずだ。酔ったカツラが立ち去る男の後ろ姿をじっと見つめていたことを思い出す。
「もう三人の子供の父親だってさ。子供がかわいくて仕方ないらしい。あの日も子供が気になって早く帰りたいのに帰れないとぼやいていたんだ。」
カツラはタイガの気持ちなど全く気付かずにあっけらかんとあの男との話を話し続ける。
立ち去る前にあの男はカツラのことをじっと見つめていた。とても大切なものを見るような目で。タイガはカツラのそばを離れたことを後悔した。過去に関係のあった男になど再会させたくなかった。
「奥さんともうまくいってるみたいだ。もともとしっかりした人だから会社でもやり手みたいだし。髭をのばしていたから最初はわからなくて。はははっ。」
楽しそうにあの男との再会の話をするカツラをタイガは強く抱きよせ深くキスをした。カツラとあの男が裸で絡み合う姿が脳裏に浮かび、タイガはやりきれない思いが爆発しそうになっていた。
「あっ、タイガっ。またいつものやきもちか?」
唇が僅かに離れた瞬間カツラが言った。タイガの下になったカツラは嬉しそうにタイガの頬を撫でた。タイガの瞳をじっと見、カツラは舌で自分の上唇をそっと舐めまわした。「俺を誘っている」タイガは拒むことなくカツラの誘いを受けた。
一時間後、カツラは急いで店へと向かった。またやってしまったとタイガは反省をする。そしてカツラから受け取った名刺を見つめた。タイガはそれを自分の財布へとそっとしまう。
明くる日、タイガは昼休みにフジキの所へ顔を出した。
「フジキさん、その後カエデと話しましたか?」
「今日朝一で電話で話したよ。先に帰ったことを気にしていた。」
「そうですか。あの...カエデから何か相談うけたりとかは?」
「え?特にないけど?なんかあったのか?」
フジキが心配そうに尋ねた。
「いえ、別に。少し元気がなかったように見えたので。」
タイガはかカツラとカエデのいざこざをフジキに気付かれないように返事をした。カエデはタイガにとっては学生時代を一緒にすごした大切な友人の一人だ。カツラが気にしているようなことはないと思ったが、困っているならなにか力になってやりたかった。
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