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第91話 10-12
結局タクシーは捕まらず、タイガはトボトボと家までの道を歩いた。鍵をさしドアを開けるとそこにはカツラが立っていた。彼はもうシャワーも浴び、寝る準備ができているようだ。
「おかえり、タイガ。遅かったんだな。」
カツラは普段と変わらぬ調子でタイガに声をかけてきた。
「カツラ、なんで?今夜は遅いんじゃ...。」
「急遽店長が新しい取引先と店で飲むことになって。閉店業務も店長がするからってことで早く帰れたんだ。」
タイガは愕然とした。
「連絡、どうして連絡くれなかったんだ?」
「仕事の邪魔したら悪いと思って。もうなにか食ってきたのか?」
何も知らないカツラがタイガに尋ねた。タイガはカエデといたことをカツラに話すべきか迷った。しかしそれよりもお互いの気持ちを確認するためにカツラを早く抱きたかった。
「急いで汗流すからベッドで待ってて!」
タイガがバスルームに即行向かうのを見て、カツラが「そんなに急がなくても」とタイガの背中に声をかけてきたが、カツラの声は嬉しそうだった。
数分後、二人はいつものように激しく愛し合い、今夜一度目の愛の営みを終えたところだ。
息を切らし下から自分を見つめるカツラの美しい翠の瞳に見つめられ、タイガは幸せを実感していた。何度もカツラにキスをする。
「カツラ、愛してる。ずっと、ずっと一緒だ。絶対に離さない!」
カツラを強く抱きしめタイガは今の自分の気持ちを伝えた。
「タイガ。俺もだ。愛してる。」
「今夜は特に甘えん坊だな。なんかあったのか?」
何気なく言ったことであったがカツラはやはり鋭いとタイガは思った。今夜カエデと一緒にいたことを隠し続けることはタイガの性格では不可能だろう。タイガは事後報告になってしまうが、カツラに今夜のことを伝えることにした。
「あのさ。」
隣に横になりカツラの肩を優しく撫でながら話し始める。
「うん?」
「今夜、偶然会社でカエデに会って。そのまま一緒に夕飯を食べたんだ。」
「...。」
カツラは無言だ。いつもなら大人の対応でタイガを安心させてくれるカツラだが、今夜は反応がない。タイガは少し焦りを感じた。
「何もやましいことはない。食事をしただけだ。」
タイガは冷めたカツラの瞳に必死に訴えた。
「ふぅん、そうか。じゃ、俺がバーチと一緒に夕飯に行っても文句言うなよ?」
「えっ!」
バーチとは例の名刺の男だ。カツラはしかも男の名を呼び捨てにしている。体の関係があったのだ、かなり年上とはいえ二人の関係性は遠慮のないものなのだろう。タイガの中にどろどろとした嫉妬が渦巻いた。
「それはっ...。」
「なんだよ、条件は同じだろうが。元彼と食事をするだけだ。やましいことなんてない。」
いつもは優しく包み込んでくれるカツラであったが、相手がカエデだったからかカツラの言い方は手加減がなかった。タイガは言い返すすべがなくおろおろするばかりだ。タイガはカツラに触れようと手を伸ばした。
「カツラっ。」
「触んなっ。もうそんな気分じゃない。疲れたから寝る。」
カツラはタイガの手を払いのけ、寝返りを打った。予想外の激しい拒絶に合い、タイガは頭が混乱していた。カツラの裸の背中に思い切り抱きつき許しを請おうと思ったが、今夜はなにをしても受け入れてもらえそうな気がせずタイガも寝返りを打った。
しかし自分がしてしまった過ちにやり切れず眠ることができなかった。カツラが言葉の通りにあのバーチとかいう男と出かけてしまったら...。自分は耐えられるのだろうかと思うと今夜の自分は浅はかだったと後悔してもしきれなかった。
「カツラ、行ってくるね。」
カツラからの反応を期待することなく遠慮がちに小さな声で眠っているカツラに声をかけた。
タイガはそのままそっと部屋を出ようとした。
「タイガ。」
いつもと変わらぬ声でカツラがタイガを呼び止めた。無視されると思っていたタイガはすぐに振り向いた。カツラは上半身を起こしタイガを見つめていた。白い肌がシーツから垣間見え昨夜愛し合った事実が懐かしく思えた。
「こっち...こいよ。」
カツラが視線を落としながら自分の元に来るようにタイガに行った。タイガは言われるままにカツラの元により、そっとベッドに腰掛けた。
「今夜、話そ?昨日は...言い過ぎた。」
「カツラ、そんなことない。ごめん、俺全然わかっていなくて。」
タイガはカツラがまだ自分を受け入れてくれてほっとしていた。
「タイガ。おまえが好きだ。」
カツラはそう言ってタイガにキスをした。彼の舌がタイガの口の中に入ってくる。カツラの舌の感触は心地よく、タイガは出勤前にも関わらず彼から離れがたかった。
「行ってくるよ。」
ようやく離れ見つめ合う。
「うん、気をつけてな。」
タイガはカツラの仕事の終わる時間に関わらず今夜は早く帰ろうと会社への道を急いだ。
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