86 / 202
第92話 10-13
「カエデの事務所、大きな仕事とったらしいじゃないか。すごいな!」
「ありがとうございます。所長は喜んでいますよ。僕はこっちの件が片付いたらその仕事のアシスタントかなぁ。」
カエデは最近元気がないようにフジキは思った。フジキはレストランではそんなカエデの様子に全く気付かなかった。いち早くカエデのことに気付くタイガはさすがつき合いが長いだけあると感心していた。
「今日も昼飯、いつもの所でいいか?タイガにも声かけたんだが、あっちは今業務がバタついてるらしくて。」
「そうですか。」
カエデは視線を落とした。この間夕飯を共にしたときにカエデが言ったことで、タイガは明らかに不快な気持ちになっていた。
タイガの業務が忙しいのは事実であったが、そんなことを知らないカエデはタイガに避けられていると思い込んでいた。そしてカエデにはタイガとカツラの婚約の事実も受け入れがたかった。カエデはフジキが二人のことをどこまで知っているのか尋ねてみたくなった。
「俺でよければ話聞くから何でも言えよ。」
フジキはカエデを気遣ってくれた。
「フジキさん。カツラさんってどんな人なんですか?」
「え?」
カエデの口からカツラのことが出てきてフジキは驚いた。
「どんなって...。この間はあまり話す機会なかったか?」
「ええ、まぁ...。」
話す機会は少しあった。しかしタイガの恋人として顔を合わせるカツラは今のカエデにはとてつもない威圧感があった。自分とタイガとは全く異なる側の人種。今まで接したことのないタイプの人間だ。しかも最後にはカエデの心の奥底を見ぬかれ牽制まで受けた。カツラは今やカエデにとって苦手な人間の一人だ。
「最初は圧倒されるけど...。あの容姿だしね。でも話すとわかると思うけど人柄はいいよ。」
「そうなんですか。」
カエデはフジキがカツラに対してマイナスのイメージを持っていないことはうすうす気づいていたが、ここまで印象がいいとは思わなかった。
「なんだか意外で。タイガとカツラさんって...。」
「違うからかい?」
フジキはカエデの言おうとしていることが分かったのか優しく微笑みカエデの言葉の後を続けた。カエデは驚きフジキを見つめた。
「僕とは違いすぎるから。」
「そうだな。あの二人、最初はかなりもめていた。」
フジキが思い出すように語った言葉にカエデは興味を惹かれた。
「詳しくは聞いてないんだが...。タイガはくそ真面目だろ。カツラくんの些細なことでも気になってしまうんだ。彼はあの外見だから引く手あまたじゃないか。それでタイガが拗ねてしまったようなんだ。タイガと仲直りしようとカツラくん、毎朝タイガに会いに来ていた。わざわざ手料理こしらえて。」
「えっ...。」
タイガが拗ねると面倒なことはカエデも知っていた。機嫌が直るまでかなり時間がかかるのだ。カエデがタイガのそんな一面を知ったのはつき合ってからずいぶん経ってからのことだった。そのため根気強く機嫌が戻るのを待つことはできた。カツラの場合はきっかけがなんであれ、タイガはそれを最初にやってしまったということか。
「かなり長い間だったぞ。確か一カ月近くは毎朝来ていたはずだ。タイガも強情だからな。」
「毎朝ですか?」
「ああ。それが急に来なくなって。仕事で出張だったかな。タイガがようやく話そうとしたタイミングで。タイガのやつ抜け殻みたいになってしまってな。見てられなかったよ。」
フジキから聞いた二人の経緯 は意外なものだった。
タイガの拗ね方はひどい。相手に愛想をつかされかねないものだと経験済のカエデは思っていた。「あの派手な人がタイガのためにそこまで尽くすなんて。」
自分がカツラと出会った時はいったいいつだったのだろうかとカエデは記憶をたどった。タイガはあの時カツラのことを「大切な人」だと言った。
しかしどうしても今のカエデにはタイガを諦めることができなかった。カエデの今の恋人のリョウブはまた一人気ままに旅行に出かけてしまった。
フジキが話していた大きな仕事をカエデは取りこぼしてしまった。後輩にいい仕事を取られ、ずっと落ち込んでいる。そんな時にそばにいて支えてほしいのに恋人は自分のことを気にも留めていない。カエデはかつて経験したタイガのぬくもりが恋しかったのだ。
ともだちにシェアしよう!