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第94話 10-15
「あの、なにを持っていけばいいのかわからなくて。これ...。」
タイガがそう言って花束をカリンに手渡した。
「とても綺麗。ありがとう。カエデくんも綺麗な花束を持って来てくれたのよ。」
「そうなんですか?」
「僕もなにを用意したらいいのかわからなくて。」
「そういう時は手ぶらでいいのよ。フジキが余計なプレッシャーかけちゃった?」
カリンがフジキをいたずらっぽい目で見ながら言い、言われたフジキは「おいおい」と否定した。二人の仲睦まじい姿を見せつけられてしまった。
「同じ花を買ってしまうなんて、君たち感性が似ているのね。」
この日タイガとカエデが購入した花は実によく似ていた。同じオレンジの花、白いカスミソウ、ひまわり。タイガはフジキから何となく聞いていたカリンのイメージに似た花を選んだつもりだった。
「ったくこいつら気持ち悪いぐらいにシンクロしやがって。」そんな様子をカツラは冷めた目で見ていた。
「カツラくんはまさか手料理かい?酒まで。」
フジキがカツラの手土産に注目する。
「口に合うかわからないんですけど。酒は自信ありますよ。」
フジキはカツラが料理上手なのを知っている。現にタイガはカツラと同棲を初めて二キロほど体重が増えたのだ。フジキはいつかは食べてみたいと思っていた手料理にありつけご機嫌のようだ。
全員がそろったところで席に着き夕食会開始となった。センスのよい円卓で全員の顔を見ながら会話を楽しめそうだ。カエデはフジキとタイガの隣の席に着いた。
フジキが用意したデリバリー料理も味はなかなかだった。しかしカツラの作った料理はそれよりも絶品だった。人にご馳走するということで特に気合が入ったのだろう。カツラがその日用意した料理は一番に皿が空いた。
「カツラくん、すごいのね。料理まで完璧で。こんなに綺麗なのに。」
隣に座るカリンの褒め言葉にカツラは愛想笑いをした。
「女の私よりきれいで。フジキが間違ってキスをしてしまうのも仕方がないわ。」
この時カリンは既に酒がかなり進んでいた。カリンが言った言葉でその場に気まずい空気が流れた。言った本人は酔っているため、まったく空気が読めておらずなおも続ける。
「本当にごめんなさいね、フジキが。タイガくんに怒られなかった?」
心底心配したというように語るカリンに、カツラがこの話を早く終えようと相槌をうつ。
「ははは、大丈夫ですよ。酒には気をつけないと。カリンさんも結構酔ってるでしょ?」
カエデは今初めて聞いた話に衝撃を受けていた。「フジキさんがカリンさんとまちがってカツラさんとキスをした。」カエデはタイガの様子が気になった。タイガは大丈夫なのだろうかと。タイガは気まずそうなフジキと目が合うと苦笑いをしていた。
「私たち心配で。タイガくんにお仕置きされてるんじゃないかって。」
カリンはフジキと二人で話していたことを全てぶちまけるかのように口が止まらない。見かねたフジキが席を立ち、カリンの酔いをさまそうと彼女の手を取りベランダへと連れて行った。
「カリンさん、すごいな。」
カリンに絡まれたカツラはそんなに気を悪くしていないらしく笑顔で言った。
「あんなに困ってるフジキさん初めて見たよ。」
タイガも今となってはあの件は気にしておらずさらりと答える。
カエデは先ほどカリンが言ったことが気になり、タイガに尋ねた。
「タイガ、大丈夫なの?」
「え?」
タイガがカエデを見ると琥珀色の大きな瞳が心配そうにタイガを見ていた。
「あ、うん。大丈夫。」
「カエデ、タイガのなにが心配なんだ?」
片肘をテーブルにつき頬をささえながらカツラがカエデに尋ねた。カツラに問われカエデがカツラに視線を向けた。カツラの冷たい視線と交わると、カエデはまるで天敵に睨まれた獲物のようにさっと目をそらした。
「別に...。」
二人の様子を間近で見ていたタイガは慌てて話を遮った。
「カツラ、持って来た酒あけよう?フジキさんたちにも飲ませてやりたいし。」
「ああ、そうだな。」
カツラはグラス三つと自分が持って来た酒を手に持ち、フジキとカリンのいるベランダへと向かった。席を立った時にカツラはタイガの瞳をしっかりと見た。カツラの瞳はタイガを信用していると語っていた。
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