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第97話 10-18
「大丈夫?カエデくん。」
カエデが目を覚ますとカリンがグラスを手にカエデの隣に腰を下ろしていた。
「僕、いつの間にか眠ってしまって。」
「あまり無理をしてはダメよ。これ、飲んで。少し気分よくなるかも。」
カリンは持っていたグラスをカエデに手渡した。一口飲むと口の中に酸味が広がる。どうやらグレープフルーツジュースのようだ。
「美味しい、ありがとうございます。」
「カエデくん、カツラくんが持ってきたお酒飲み損ねてしまったね。とても美味しくて知らない間にみんなで空けてしまったの。」
カツラの名前を聞いてカエデは眠りに落ちる前にタイガと交わした会話を思い出した。あれは夢ではなく現実なのだと。カエデの暗い表情にカリンが気付いた。
「大丈夫?」
「今夜、リョウブと来たかったな。あ、僕の恋人なんですけど。」
カエデは寂しい思いからつい恋人のリョウブの名前を口にしていた。
「彼、忙しいの?」
「勝手気ままな人なんです。まずは自分が第一優先で。僕、最近このままでいいのかわからなくなってしまって。」
カエデの告白はカリンには耳が痛い話であった。
「私、偉そうなこと言えないな。まさにその彼と同じような感じだから。」
カリンは気まずそうに微笑みながら言った。
「その彼はきっとカエデくんに甘えているのね。私は何となく彼の気持ちがわかるけれど...。
カエデくんがとてもつらいのならつき合う必要はないと思う。一度きりの人生だから後悔してほしくないし。」
「...。」
「決めるのはカエデくんよ。」
カリンはカエデの手にそっと自分の手を重ねた。
「カリンさん。」
笑い声とともに再びベランダで酒を飲んでいた男たちがリビングに戻ってきた。珍しくフジキが酔っているようだ。彼には珍しく大声で豪快に笑っていた。
「カエデ、目が覚めたか?大丈夫か?」
フジキは大切な弟をいたわるようにカエデに声をかけた。
「はい、眠ってすっきりしました。」
「よかった。」
タイガは以前と変わらず優しくカエデに声をかけた。包み込むような温かい笑顔で。カエデはやはりタイガのぬくもりが恋しかった。
そして見たくはないのにやはり気になりタイガの隣にいるカツラへと視線が動く。カツラは何を考えているのかわからない目でカエデを見ていた。そのままカエデはカツラの首元に光る翡翠のリングに自然と目がいった。カツラと同じ美しい翠の翡翠のリング。
「あれは...。」カエデはそのリングに見覚えがあった。もう何度も目にしたことがある。タイガの母のリングだ。
付き合っていたときにタイガに何度か家族の写真を見せてもらったことがある。幼いタイガと一緒に写るタイガの母の指にあったリング。それがなぜ今カツラの首元にあるのか。
カツラがカエデの視線に気付き、リングに指をかけ握りしめた。カツラの顔を見ると今は涼しく微笑んでいる。
「タイガが彼にリングを贈ったんだ!でもどうして?大切なもののはず...。」カエデは思い当たることがあることに気付いてしまった。
「俺とカツラはもう婚約してるんだ。」タイガはそう言った。
リングは婚約の印。
カエデの目の前が真っ暗になった。
「カエデくん、顔色が悪いわ。」
カリンがカエデの様子に気付いた。
「僕...、っ!吐きそうっ。」
口に手を当てカエデは急いで立ち上がりトイレへと向かった。カリンは慌ててカエデのあとを追った。
「カリンは医者だから大丈夫だ。」
心配そうな顔のタイガにフジキは声をかけた。カツラはそんなタイガの耳もとで囁いた。
「俺たち、そろそろお暇したほうがいいかも。」
「あ、そう、そうだな。」
タイガもカツラの意見に賛成で二人はフジキに帰る旨を伝えた。カリンが見送りに現れ、別れの挨拶を交わす。
「カエデ、大丈夫そうですか?」
「少し飲みすぎたのね。今夜は無理せずに泊まってもらうわ。帰らせるのは心配だから。」
「そうですか。」
「タイガ、心配するな。」
とにかくフジキとカリンがいるから大丈夫だろうとタイガとカツラはフジキのマンションをあとにした。
今夜は晴天で珍しく空には星が見えていた。
タイガはカツラとの婚約の報告をあんな形ではあったがフジキにできて良かったと思っていた。早くこの美しい恋人を正真正銘、独り占めしたくてたまらないのだ。
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