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第101話 10-22

「すごくいい店なんだ。規模は小さいけれどいい酒があって。このあと一緒にどう?」  先ほどからしつこく誘ってくる男に辟易(へきえき)しながらもカツラは愛想笑いを浮かべる。彼は大切な新しい取引先相手になるかもしれないので邪見にはできない。 そしてカツラが困っているのをわかっているはずなのに、一向に助け舟を出さずにすまし顔で隣で携帯を見ているトベラにも腹が立った。  今夜は『desvío』の店長、トベラと一緒に新しくこのエリアに酒を流通させようとしている企業数社との会食だった。カツラは今後の勉強のためにと店長の希望で彼らと同行していた。まさかトベラまでいるとは思わなかったが、取引先と深い話をしている店長にあれこれと説明を求めることも気が引けたので、その点ではトベラがいてくれて助かった。トベラはカツラのことを気にかけ細かいことまでも説明してくれた。  店長は取引先と話が盛り上がっている。店長の人柄のせいだろう、きっといい契約ができるはずとカツラは確信していた。 いよいよ会もお開きというところで、有力な企業の社長の息子がカツラに声をかけてきた。女たらしで有名な息子のはずが、今夜会ったカツラを気に入ったようで、さっきからずっと誘いをかけてきているのだ。 「このあとはトベラさんと打ち合わせをするんです。」 とびきりの笑みを浮かべ彼からの誘いをやんわり断る。 「楽しそうだな。僕も混ぜてよ?」 是が非でもカツラと時間を共にすごしたいのか息子は引かない。 「うちとトベラさんの店とで企画していることだからしばらくは企業秘密なんです。残念だな。」 内心「空気よめよ」と思いながらも本当に申し訳ないという表情でカツラが伝える。 「そうか...。だったら名刺渡しておくから、都合がいい時連絡くれる?迎えにいくから。」 息子はカツラの言葉を間に受け、嬉しそうに名刺をカツラに手渡した。 「わかりました。」 カツラは大切なものを扱うよう彼の名刺を受け取った。息子は手を差し出しカツラに握手を求めてきた。カツラは内心嫌だったが、そんなことはおくびにも出さずに笑顔で彼と握手を交わした。握手した手に手を重ねられ、長い握手になった。 「くっくっくっくっ..。」 息子と別れ、二人で会場をあとにしようと歩き出すと、トベラが笑い出した。そんなトベラをカツラが睨む。 「お見事だな。あいつの所は契約間違いない。」 「少しは助けてくれてもいいじゃないですか。」 「俺は見返りがないと動かない男だ。」 ふてぶてしいトベラの言いようにカツラは片眉をあげた。 「気分なおしにつき合わないか?この辺りでいい店がある。この辺には滅多に来ないだろ?」 「どうしようかな。」 助けてくれなかったトベラに今度はカツラが焦らした。 「もちろん奢りだ。高くていい酒が飲めるぞ。」  結局カツラはトベラの奢りで酒をご馳走になった。悔しいがトベラは酒のセンスはいい。連れて行かれた店は感じもよく置いている酒もいいものだった。 今日の会食についての話をしていると、さっき息子に話していた件を本当にやらないかとトベラから持ち掛けられた。 「共同企画ってやつですか?」 「おもしろそうだ。」 「あんなの口から出まかせですよ?」 「これからゆっくり考えればいいだろ?期限があるわけじゃないから時間はたっぷりある。」 トベラはそう言って厚かましくもカツラの手に自分の手を重ねてきた。カツラはさっと手を引き何事もなかったかのように答える。 「俺は決定権はないですから。店長に聞いてみないと。」  トベラとカツラの仲は最近はこういうものだった。相変わらずカツラへの好意を隠そうともせずにトベラは接してくるが、カツラはさらりと交わす。トベラは気を悪くしているふうではなく、むしろこのやり取りを楽しんでいるように見えた。 そんな感じで会話は弾むが、さすがに時間が遅くなってきたので共同企画の話の続きもまた今度ということで店から出た。トベラは迎えの車を手配しているらしく、カツラも一緒に乗せてもらうことになった。 「この辺りはあまり治安のいいところじゃない。あの店はオススメだがまた来たいなら俺を呼べ。つき合ってやる。」 「はぁい。」 過保護だと思いながらもカツラは素直に返事をした。たしかにあまりいい印象を受けない町の雰囲気だ。男であるからそこまで警戒する必要はないかもしれないが、忠告には従うつもりでいた。  ふと横の通りを見ると、見覚えのある後ろ姿に目が留まる。まさか彼がこんないかがわしい店が並び立つところにいるはずがないと思い視線を逸らした。 「あの通りを過ぎたところに車を待たせてある。カツラ?」 しばらく歩いたところにトベラの車があるようだ。トベラがカツラに声をかけた。しかしカツラはトベラの話を聞いておらず黙っていた。立ち止まるカツラにトベラがなおも問いかける。 「カツラ、どうした?」  カツラは妙な胸騒ぎを感じた。さっき目にしたのはカエデではないのか?あんなに美しい見事な金髪の者がそうそういるだろうか?しかも少し長めでカールしている髪型もカエデを思わせた。カエデは一人ではなく裏がありそうな男と一緒にいた。 カツラはいてもたってもいられなくなり、トベラに先に帰るよう伝えカエデの後を追った。

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