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第103話 10-24

「っだとっ!ふざけやがって!」  カツラにバカにされた男は顔を赤くしてカツラに飛び掛かった。その時ボスめがけてカツラの背後から大男がいきなり飛び込んでくる。突然の来場者にボスも男も一瞬気をとられ隙だらけになった。気付いた時には男はカツラから思い切り股間を蹴られ、膝をついたところで回し蹴りを顔面に受けた。ボスは大男に腕を素早くとられ、投げ飛ばされ泡を吹いている。 「カツラ、大丈夫か?血が出てるぞ!」 ボスに渾身の投げ技をきめたトベラがカツラに一目散に歩み寄り、カツラを気遣った。 「大丈夫です。これは俺の血じゃないし。」 カツラが口元に残った血を指で(ぬぐ)った。 「なんだと?」 カツラの言ったことを瞬時に理解したトベラは伸びている男の顔面にもう一発パンチを食らわせた。 「ちょっと、それはまずいんじゃ...。」 「大丈夫だ。もうすぐ警察も来る。俺の友達(だち)だからな。」 カツラはこのトベラという男は本当に顔が広いと感心した。 あの時...。カツラがカエデの元に駆けつけようとしたとき、トベラはカツラのただごとではない様子に彼の腕をとり詳しい事情を聞き出した。そして自分も一緒に行くと言ったが、時間がないと急ぐカツラに自分が合流するまでなるべく時間を稼ぐように言い、警察に連絡を済ませ急ぎ駆け付けのだ。 「カエデ、大丈夫か?」 自分の身の危険を顧みずに助けてくれたのに、何ごともなかったかのように話しかけるカツラにカエデはタイガに再会してから自分が彼に与えたであろう不快な気持ちを思い、いたたまれなくなった。 「ごめんなさい、僕...。」 涙を流し、許しを請うカエデにトベラがさっと自分の上着をかけた。シャツを剥ぎ取られ、カエデはあられもない姿なのだ。 突然のことに涙で溢れた瞳でカエデはトベラを見上げた。トベラはそんなカエデの視線を気にすることなくカツラに話しかける。 「ようやく警察が来たようだ。今夜少し話をして後日また詳しくだろうな。」 「そっか。これからどうしよっか?」 カエデはカツラを優しい眼差しで労わる男に視線が釘付けになっていた。ぽかんとトベラを見ているカエデにカツラが気付きお互いを紹介する。 「あの...助けてくれてありがとうございます。」 改めてカエデはトベラに礼を述べる。 「俺はフォローしただけだ。」 「しかし、あのあと頑張ってやっていたとはな。感心だ。」 トベラがカツラに向き直り話し続けた。 「昼間は時間があるし、せっかくだから習いに行ったらはまってしまって。役にたってよかった。」 なんのことを話しているのかわかっていないカエデにトベラが説明した。 「カツラに護身術を教えたんだ。君もやったほうがいいな。」 トベラはカエデのひ弱さを見、カツラと同じように護身術を勧めた。 建物から出るとトベラの車が前まで迎えに来ていた。カツラたちはトベラの車でとりあえず『desvío』まで向かった。今日は月曜で店は休みなのだ。 カエデの自宅には今夜、恋人の弟がいるらしい。こんな姿で帰宅をし、彼に心配をかけたくないとのカエデの希望を聞き、今夜これからどうするか決めるために一旦店に来たのだ。 鍵を開け、店内に入る。カエデはいつか来ようと思っていた店にこんな形で来ることになるなんてと運命のいたずらに驚いていた。 「とりあえず、これ着て。」 カツラの姿が一瞬見えないと思っていたら、カエデはカツラから黒いシャツを渡された。戸惑い渡されたシャツを見つめるカエデにカツラが説明する。 「俺の制服なんだけど。洗濯しているものだから。そのままじゃさすがにな。」 カエデは素肌にトベラの上着を身に着けたままだった。カツラの気遣いに気付き、あたふたとシャツに袖を通した。 「トベラさん、なに飲みます?」 カツラが慣れた感じでトベラに酒を尋ねた。  カウンター越しに見える酒瓶の異様な数の多さにカエデは圧倒された。そしてカツラがてきぱきとトベラとカエデの酒を選び用意する姿に見とれていた。 カツラの姿はカウンター向こう側でもはっきりと()えていた。格好良くて美しい。「タイガが惚れるはずだ。」カエデは今カツラの制服のシャツを借りて着ている。とても良い香りがする。フジキの言葉を思い出した。「話すとわかると思うけど人柄はいいよ。」いまならフジキがいっていたことに同意できる。完敗だ。カエデはここ最近ずっとくすぶっていたタイガへのやりきれない思いにようやく折り合いがついたことを実感した。 「カエデにはこれ。あまり酒、強くないんだろ?」 カツラが用意した酒は牛乳で薄く割られたカル-ア・ミルクだった。 一口飲むと甘さが口いっぱいに広がる。さっきまでの頭痛が少しずつやわらいでいく。これまでにも飲んだことがある酒だったが、リキュールがいいのかコクがあってとても美味しい酒だった。 トベラは忙しいのか、電話をしに席を外していた。今店内にはカツラとカエデの二人だけだ。カツラは自分にも酒を入れ、カエデの隣に腰を掛けた。

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