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第104話 10-25

「カツラさん、今日はほんとうにありがとうございました。ぼくのせいで、いろいろと…すみません」 カエデはカツラの方に姿勢を正し、深々と頭を下げた。 「カエデ、さっきから謝ってばかりじゃないか。怖かったろ?」 優しく揺らめく翠の瞳に見つめられ、カエデは思っていることを素直に口にすることができた。 「どうして?カツラさん、僕のこと、嫌いでしょ?」 カツラの瞳が大きく見開かれた。そして、カツラが笑い出した。 「あはははははっ、カエデ、そんなふうに思っていたのか」 カツラの反応にカエデはキョトンとした。 「俺はおまえを嫌っていない。そこまで知らないじゃないか」 「でも...」 「そう思わせてしまったのなら俺にも責任はあるな。嫌いじゃないよ。ただ、おまえの存在が怖いだけだ」 「え?」 二人はしばし見つめ合った。カツラが意を決し話し始める。 「タイガはカエデのこと、本当に好きなんだ。それは今でも変わらない。おまえと過ごした寄宿学校の話も聞いた。愛おしそうにカエデのことを話していた」 カツラは自分のグラスに視線を落としながらかつてタイガがカエデのことを語っていた時のことを思い出していた。 「俺は嫉妬した。みんなのカエデの印象はいいし。大袈裟だと思っていたけれど初めておまえに会ったときにその通りだと俺も思った」 自分に抱いているカツラの思いを聞いてカエデは驚いていた。カツラが自分のことをそんなふうに思っていたなんて考えもしなかった。 「ただ、俺もタイガが好きだから。あいつを譲ってやる気はない。だからカエデがタイガを奪おうとするのならどんな手を使っても全力で阻止する」 カツラがカエデの目を見てはっきりと自分の気持ちを伝えた。 「僕、もうそんなつもりはありません。タイガにはカツラさんでよかったと今、思っています。嫌な思いさせてしまってごめんなさい」 真摯に語るカエデの話をカツラは黙って聞いていた。 「僕は楽な方を選ぼうとしていたのかもしれない。タイガしか知らないからいろんなことに怖気(おじけ)づいてしまって」 「俺も似たようなもんだ。本当に人を欲し愛したのはタイガが初めてだ。タイガの反応がいちいち気になるし。」 カツラの告白にカエデは目を丸くした。そんなカエデに顔を向けカツラは優しく微笑んだ。 「とにかく、カエデが無事でよかった」 「逆の立場だったら僕、カツラさんのようにはできなかったと思うんです」 「俺は腕に自信があったから。それに困ってるやつがいたらカエデだってなにかしら手は差し伸べていたはずだ」 カエデのことも気遣いそう語るカツラにカエデは好感を抱いた。そしてフジキから聞いたことを思い出し、カツラに聞いてみたくなった。 「タイガ、拗ねると大変でしょう?」 「まさか、カエデの時もあったのか?」 「まぁ...。拗ねるとすごく長くて。何度友人に間に入ってもらったか。疲れたりしてませんか?」 「疲れはしない、好きだから。まぁハラハラはする。あいつに嫌われたくないしな。でもタイガの全てがかわいいと思ってしまうんだ」 グラスに口をつけながらタイガのことを話すカツラを見て、彼は本当にタイガのことが好きなのだとカエデは感じた。 タイガだけがカツラにのぼせあがっているのかと思っていたが、どうやら逆のようだ。カエデは素直にカツラを応援したいと思うようになっていた。 「そういえば、トベラさん、遅いですね」 「確かに。ちょっと様子見てくるよ」 カツラはトベラを呼び戻すため席をたった。

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