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第105話 10-26

 トベラはおそらく事務所のほうにいるだろうと思いカツラはドアをノックし中に入った。トベラは電話が終わったのか椅子に座り携帯を眺めていた。 「連絡はもう済んだんですか?」 「話は終わったか?」 トベラの様子にカツラは彼がわざわざカエデと話す時間を設けてくれたのだと気づいた。 「まさか気を使ってくれたんですか?」 「訳ありのようだったからな」 トベラは立ち上がりカツラに近づいた。 「借りができちゃったな」 「今返してくれてもいいぜ?」 トベラの言葉にカツラが見つめ返す。 「ここにキスしてくれ。それでチャラだ」 トベラは自分の頬に指をさし、いたずらっぽい笑みで言った。 「そんなのでいいんですか?」 カツラはそんなことならお安い御用という感じでトベラに一歩近づき軽く背伸びをしてトベラの右頬に軽くキスをした。 チュッ。 「これでチャラですね?」 カツラはニヤリと笑いドアから出ていく。キスを受けたトベラはまさかカツラがそうするとは思ってはおらず、突然のキスに金縛りにあっていた。まだカツラへの淡い思いがあるトベラにとって、これは劇薬だった。 「カエデ?」  カツラが店内に戻るとカエデはカウンターに肘をつきその上に頭を乗せ寝息をたてていた。 今夜は散々な目に合ったのだ。カツラはそんなカエデを起こさずそっとしておいた。  目を覚ましたカエデは自分がいったいどこにいるのかしばらく思い出せなかった。数秒後、昨夜のことを思い出しさっと身を起こす。恐怖が甦ったが、カエデは手足も自由でふかふかのベッドの上にいた。そして服はカツラの制服のシャツを着たままだ。 カエデは自分が今いる場所を確認する。どうやらホテルの一室らしい。ベッドそばのサイドボードのメモ書きに目が留まる。 〈目が覚め用意ができたら隣の906号室に来るように〉 カエデは時計を確認した。まだ朝7時を少し過ぎたばかりだ。急いでシャワーを浴びようとバスルームに向かう。そこには綺麗にたたまれた新しい着替えの服と下着が置かれていた。 カエデは昨日好き放題いたぶられた体を何度も石鹸で洗った。何度洗っても汚れている気がする。ようやくシャワーから出た時には白い肌は繰り返しの刺激にピンク色に染まっていた。  身なりを整え、まず会社に連絡を入れた。今日は午後から出勤すると。そしてメモ書きに書かれた通り、隣の906号室へと向かった。深呼吸をしノックをする。 コンコン。 ドアが開かれた。そこに現れたのはカツラではなくトベラだった。 「準備できたか?」 「あ、はい」 カエデは戸惑っていた。 「自宅まで送る。カツラと約束したからな」 「あの...、カツラさんは?」 「カツラは帰った。君を連れて帰ったら、あのガキが何があったかとまたうるさいだろ?」 カエデはガキとはタイガのことだとわかった。トベラはタイガに対して好意的ではないようだ。カツラが関係しているのだろうか? 「えと...」 「カツラの口から昨日のことは奴に話す気はないらしい。君を気遣ってな。言いいたけりゃ自分で言え」 「トベラさんは、タイガのことが嫌いなんですか?」 トベラのタイガに対する敵意むき出しの態度にカエデはつい聞いてしまった。トベラは何を考えているのかわからない目でカエデを見た。まるで野生動物のような目だ。でもその瞳の奥には孤独と優しさが感じられた。カエデはトベラから目を逸らせなかった。 「あんなガキじゃカツラは無理だ。俺は君を応援してやる」 「え?」 カエデがキョトンとしているので、トベラが畳みかけた。 「君は奴とヨリを戻したいんだろ?俺には好都合だ」 タイガへの気持ちにきっちりとケリをつけられたカエデはトベラに食ってかかっていた。 「あの!!タイガはいいやつです。カツラさんにはタイガがぴったりだと思います!タイガ以上にカツラさんを幸せにできる人なんて絶対にいな...」 カエデの言いように驚く表情をするトベラにカエデははっとなった。助けてくれた人に自分はなんてことを言ってしまったのかと。 「すみません、僕...」 「それだけ元気になったんなら大丈夫だな」 トベラはカエデの言ったことなど全く気にしていないという感じで駐車場に向かった。カエデもトベラの後に続く。 「ここに座れ」 トベラは車の後部座席のドアを開けた。カエデは礼を述べ、素直に車に乗り込んだ。 カエデは昨夜、『desvío』に行くまでのことを思い出す。あの夜、酒を口にしていなかったトベラが運転し助手席は...。昨夜カツラが座っていた。「あそこはカツラさんの専用席なんだ」大きな身なりで野生の雰囲気を持った男なのに、カツラに尽くし、彼を大切な宝物のように扱う。トベラはまるでカツラの忠犬だ。そんなトベラをカエデは何故かかわいいと思ってしまった。

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