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第107話 10-28
今夜は丘の上のレストランで立食パーティーがある。レストランはなにかとイベントを企画しているらしく、常連たちに招待状が配られたそうだ。
招待状が届いたフジキは一緒に暮らすカリンにレストランから見える絶景の夜景を見せたいらしく、よかったら一緒にどうかとタイガに声をかけてきた。タイガは偶然にもその日、カツラも仕事が休みだったので彼と一緒にまたレストランへ行くことにした。
「ふふふっ、…頑張れ、タイガ」
カツラが石段の上で息を切らしながら上ってくるタイガに声をかけた。タイガの上る姿がカツラの笑いのツボにはまってしまったらしく、彼は手を口に当て必死に笑いをこらえている。
今日こそはと思っていたタイガであったが、一度上っただけではこの鬼坂、鬼階段は克服できず、この間と同じような姿勢で息を切らしながら頂上を目指していた。
今夜は立食パーティーということで服装はラフなものだった。カツラは首元のつまった綺麗な丈の短いTシャツにスラックス、タイガもタイはつけずに上品なシャツを着ていた。
「この間よりは余裕だろ?」
ゼイゼイ息を切らしながら強がるタイガにカツラは「はいはい」と相槌を打った。
店に着くと、フジキとカリンは先に到着していた。立食なので、二人は既にグラスを手に持ち仲良く話をしていた。フジキはポロシャツ姿でカリンはシンプルな白いワンピースを着ている。フジキの隣にいるカリンは今夜も美しかった。
「カエデも今日は連れを連れてくるらしい。彼氏の弟くんだったかな」
「そうなんですか」
タイガはカエデが来ることは聞いておらず少しパニックになった。カツラとカエデのことが気になったのだ。タイガがカエデと顔を合わすのはフジキの家での夕食会以降初めてだった。
しばらくするとカエデが高校生ぐらいの少年と一緒に到着した。まだあどけなさが顔に残る少年と同級生と言ってもカエデは通るだろう。シャツの上にベストを着た似たようなラフな姿で二人は本当の兄弟のように仲睦まじく見えた。
「こんばんは。一緒に来たいと言うので連れてきてしまいました。アロンです」
「今日はよろしくお願いします」
アロンと紹介された少年はカエデとよく似た雰囲気の子だった。薄茶のマッシュルームカット、丸顔に大きな薄茶の瞳。かわいらしい顔立ちだ。
アロンは今夜初対面のカツラとカリンに見とれていた。特にカツラに対してはチラチラと視線を投げかけている。「カツラはレアな存在だからな。ここまでの美形はそういない」タイガは自分が初めてカツラを目にした時の衝撃を思い出す。
しかし、当の本人であるカツラはそんな視線に気付いているのかいないのか、いつも通りの佇まいだ。
「タイガ、あっちの方に行くか?」
「あ、うん」
カエデには今夜は連れがいるから心配することはないだろうとタイガは気持ちを切り替え、カツラの元に急いだ。フジキはカリンを夜景の見えるテラスに早速連れ込みもう二人の世界に浸りきっていた。隣でケラケラと笑うカリンも幸せそうだ。
色とりどりの料理と酒を嗜みながら、タイガもカツラとの会話を楽しむ。いつもとは違う環境に気持ちは盛り上がり、話も尽きない。ひとまず空腹を満たしたところで、タイガは用を足しにレストルームへ行くとカツラに伝え彼の傍を離れた。今夜は楽しくすごせそうだと浮かれた気分で戻るとその場にカツラの姿はなく、彼を探すためタイガは急ぎ足で二階の方へ向かった。
階段を上がるとすぐにアロンの姿に気付いた。彼はつまらなそうな顔でジュースを片手に壁にもたれぼーっと立っていた。
「どうしたんだい?カエデは?」
タイガはアロンに近づき尋ねた。
「タイガさんはカツラさんと付き合ってるんですか?」
いきなりのアロンの質問にタイガは驚いたが、はっきりと答えた。
「うん、つき合ってる」
アロンは据えた目でタイガを見た。
「じゃ、いいんですか?あれ」
そう言ってアロンは真っすぐ指をさした。彼が指を指したほうにはバーのカウンターがあった。タイガはさっと振り返りそちらを見た。
すると、バーのカウンターにはカツラとカエデがいた。二人はとても近い距離でこそこそと何か話をしているようだ。
タイガが訝しんで様子を見ていると、カツラがカエデの見事な金髪に指を絡めた。するとカエデは恥ずかしそうにカツラのその手をとりそのまま彼の手を握ったまま楽しそうに話し続けている。
「え?」タイガは仲良くしている二人の姿を見て訳が分からなかった。どちらかというと犬猿の仲だったはずだ。今の二人ははたからみたら恋人に見えなくもない。かわいいカエデに美しいカツラが寄り添う姿は、タイガが嫉妬するほどお似合いだった。カエデを女性のように優しく扱うカツラの姿にタイガはどす黒い嫉妬を感じずにはいられなかった。
カツラがカエデの耳元で内緒話をしだした。彼の赤く染まった唇があと僅かでカエデの耳に触れそうだ。「距離が近すぎるっ」タイガはがつがつと速足でカウンターに近づいていった。
タイガが二人の視界に入るまで近づいた時、ちょうど二人は見つめ合いクスクスと笑っているところだった。
「タイガ、どうしたの?」
カエデが琥珀色の瞳を大きく見開きタイガに尋ねた。まるでこの場に不相応なのはタイガであるというように。
「どうした?おまえ、顔がこわいぞ?」
カツラもそう言い、二人はまた見つめ合ってクスクスと笑った。
「なん、...なんなんだよ、いったい?」
タイガは混乱していた。
「カエデとおしゃべりしていただけだ。話が盛り上がって」
なんだか二人はまだニヤニヤしている。
「じゃ、僕はアロンのところに戻るから。またね。」
カエデはそう言ってカツラの手に自分の手を添えた。お互いの手が離れる間際、カツラの指がカエデの指にそっと触れるのをタイガは見逃さなかった。カツラとカエデは甘いアイコンタクトを取りカエデがその場をあとにする。
タイガはアロンの元に行くカエデの後ろ姿を呆然と見ていた。そしてカツラに向き直った。タイガの瞳は濃さを増していた。
「タイガ、例の場所にまた行くか?」
カツラがいたずらっぽく口角を上げ尋ねた。
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