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第109話 10-30
タイガはカツラから聞いた話が信じられなかった。まずトベラとカエデには接点がないのだ。カツラからは事情があって顔見知りになったと聞かされた。カツラは頑としてそのあたりの詳細をタイガに言おうとはしなかった。カツラとカエデが親しくなった件と関わりがあるのか。とにかくタイガには素通りできないことなので、カエデに直接聞くしかないと心はもう決まっていた。
「フジキさん!」
その日タイガはフジキの元を訪ねた。
「タイガ。久しぶりに一緒に昼飯食うか?」
タイガとフジキは職場近くの店で昼食を共にした。
「フジキさん、最近カエデと話しましたか?」
タイガはまずフジキからカエデの様子を探ることにした。
「ああ、会ったよ。いいことがあったのか生き生きしている。吹っ切れたのかもな」
「フジキさん、カエデが恋人とうまくいっていないこと、相談されていました?」
「まぁ、ちらっとだけな」
フジキは少し気まずそうに答えた。
「別れたと事後報告だったし」
カエデはフジキさんでなくカツラに相談相手をシフトしたのか?タイガはカツラが自分の知らない間にカエデの話を親身に聞いていたのかと思うと少し嫉妬を感じた。
「今は吹っ切れて前向きってことですか?」
「うん、それがな、カエデは最近酒に興味を持ち出したみたいで。新しいことに気持ちが向いて気が紛れたのかもしれない」
フジキのこの打ち明け話はタイガをひやっとさせた。
「この間一緒に飲みに行って。これがなかないい店だった。少し遠いんだが」
「それってまさか...」
タイガはもしかしてと思い当たる店の名をフジキに聞くと、フジキはそうだと答えた。それはトベラが経営する店だった。カツラがヘルプで行った店だ。となるとカツラの読みはあながち間違ってはいない。もしかしたら、カエデがトベラのことをカツラに聞いたのかもしれない。
タイガとしては複雑な気持ちだった。今の恋人であるカツラに気がある男に昔の恋人のカエデが好意を抱いているということか。これが事実ならば受け入れがたい。
「タイガ。そろそろ連絡が来るんじゃないかと思ってたんだ」
レストランでの立食パーティー以来顔を合わせるカエデは晴れやかな表情をしていた。あの日、カツラの言葉に衝撃を受け、タイガはレストランではカエデの顔をまともに見れなかった。
「うん、ごめんな、急に呼び出して」
カエデは気にしていないというように朗らかに微笑んだ。会社帰りの夕刻時間、二人で静かな公園を歩く。
「聞いていいか?カツラとなにがあったんだ?」
「カツラさん、ほんとにタイガに何も話していないんだね。」
タイガに知られたくない気持ちを考慮してくれたカツラにカエデは心の中で感謝した。そして思い出すようにゆっくりと話し続けた。
「カツラさんに危ないところを偶然助けてもらったんだ」
「えっ?危ないところって?」
「僕、あの時...フジキさんの家での夕食会の後は精神的にボロボロで。自業自得なんだけど変な奴らに捕まってしまって。襲われそうなところを助けられたんだ」
「ちょっと待て。そんな話は...。助けるってどういうこと?カツラはっ」
カツラが絡むとタイガは冷静でいられない。慌てふためくタイガにカエデは呆気に取られていた。
「タイガ、順番に話すから落ち着いて。カツラさん、強いよ。護身術をしているって。トベラさんも一緒に駆け付けてくれて僕は助かったんだ」
ようやくカエデとトベラの接点がわかった。ということはカツラが店長に同行した時だとタイガはすぐにわかった。奴も来ていたとカツラから聞いていた。
まさかカツラが奴に習った護身術をあのまま続けていたとは。でもそのおかげでカエデもカツラも大事に至らなかったのだから、トベラには感謝すべきなのだろうか。
「襲われたって、カエデも大丈夫だったのか?」
実際カエデはかなりきわどいところで救出されたのだが、それはタイガには知られたくなかった。しかもその絡みでカツラが男に無理やりキスをされたなどとタイガが知ればどうなるのかと思うと黙っておいたほうが得策だと思った。
タイガのカツラに対する執着心は深い。自分と仲良く会話をしているだけでタイガが余裕をなくしていた状態を先日目にしたばかりだった。カエデはさらっと答えることにした。
「うん、大したことにはならなかった」
カエデはその時に感じた気持ちを素直にタイガに話し始めた。
「僕はカツラさんには完敗した気分だった。逆の立場なら僕は同じことができていたのか。二人でその後にゆっくり話したんだ。それでお互いの誤解が解けて。今、僕はタイガの相手がカツラさんでよかったと思っているよ」
笑顔で話すカエデに嘘はなかった。タイガもその気持ちは嬉しく思った。しかし、もう一つ、確認しないといけないことがある。
「カエデ、トベラとは...トベラのことはどう思っているんだ?」
「素敵な人だなって思うよ。彼はカツラさんのことが好きみたいだけど」
「カエデ...」
「僕、頑張るからっ!その方がタイガも安心でしょ?」
明るい笑顔で新しい恋に向けての意気込みを宣言するカエデにタイガは黙ってうなずくことしかできなかった。カツラはこの件についてどう思っているのだろうか。
「タイガ、トベラは女好きだ。心配する必要はない」
「それ、全く説得力ないんだけど?」
カツラが休日の今夜、自宅で夕食を食べ終えたタイガはカツラにカエデに対する胸の内を打ち明けた。しかしカツラは酒が入ったグラスを片手に心配するなと軽く答えるだけだった。女好きとはいえ、現にトベラは男のカツラに気があるのだ。カエデだって可能性があるのではないか。
「トベラの店には奴に気のある子もいる。もちろん女性だ。なかなかかわいい子だぞ。」
「カエデだってかわいい。」
タイガの言葉に今までぼーっとのらりくらりと答えていたカツラが急に魂が舞い戻ったようにタイガにしっかりと目線を合わせた。
「ふーん...」
「なんだよ?」
「確かにカエデはかわいいな。俺だって虜になりそうだ」
「え?」
「かわいいもんな、すごく」
カツラがタイガから視線を逸らしグラスに入った酒を一気にあおった。タイガはカツラの様子を見て彼が嫉妬しているのだと気づいた。
「カツラっ、あくまで世間一般論だ。言葉の綾というか...」
「お前な、カエデが元気になってよかったとは思わないのか?」
「もちろん、それは思うよ。」
「俺たちがなに言ったってどうにもなることじゃない。せっかく前向きな気持ちになったんだ。そっと見守ってやればいいだろ。」
「それはそうだけど...」
「俺はもう寝る。お前、どうするんだ?このままここでずっとうじうじ悩んでるのか?」
タイガはカツラを見つめ返した。「これは...。俺を誘っているんだ。俺たちの時間が大切だから」タイガはカツラの言葉に隠された彼の意図を汲み取る。
「俺も寝る。」
タイガの言葉を聞き、カツラがタイガに手を差し伸べた。タイガはカツラの手を取り共に寝室へと向かった。もちろんカツラと愛し合うために。
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