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第110話 シュロのできごと 1

 今日は妹が来る。顔を見るのは久しぶりだ。家の鍵と地図を送ったが、あの地図で場所が分かっただろうか。俺は少し不安になった。 ホリーと二人、早出で仕込み作業をしながら妹からの電話を待つ。無事家に着いたら電話をかけてくる約束だから、今日だけは携帯を仕事場に持ち込んでいた。携帯が入ったポケットに意識がいくが、エルムからかかってくる気配は全くしない。 「シュロ、大丈夫?なんだかぼーっとしているようだけど?」 そんな俺の様子を気にしてホリーが尋ねてきた。 「うん、ちょっと気になることがあって」 ホリーには話した方がいいのだろうか。俺は言葉を探す。 「え?どうしたの?」 ギィー、ガチャ まだ開店には程遠い時間に入口のドアが開く音。カウンターの奥で作業をしていた俺とホリーはそちらに目を向ける。そこには俺と同じこげ茶の髪をポニーテールにした日焼けした肌の少女がいた。 「こんにちはぁ」 「エルム!どうしてここに?」 「お兄ちゃん、よかったぁ」 見慣れた姿だと思っていたら俺の妹のエルムだった。妹は以前会ったときより少し背が伸び大人びた雰囲気になっていた。 「え?もしかしてシュロの妹さん?」 エルムが俺を兄と呼んだので、ホリーにはわかったようだ。 「はじめまして、エルムです。兄がお世話になっています」 エルムにホリーを紹介する。エルムは俺に向き直りここに来た経緯を話した。 「お兄ちゃんの地図、絶対無理だよ。わかりっこない。だからここに来たの。このお店ならネットに詳しく載っているから」 「シュロったら、いったいどんな地図書いたの?」 エルムが俺が書いた地図をホリーに見せる。ホリーはクスクス笑いだした。 「これじゃ無理よね。シュロ、絵が苦手なのね」 笑うホリーをエルムがキラキラした目で見ている。そう思っていたらやはりこっそりと聞いてきた。 「お兄ちゃん、ホリーさん、すごくかわいらしい人ね。もしかして...」 「彼女にはれっきとした彼氏がいる」 「なぁんだ」  その後店長が来て事情を話すと、エルムさえよければ俺の早上がりの時間まで店にいていいと言ってくれた。しかも食事までご馳走してくれると。この申し出にちゃっかり者のエルムが断るはずもなく、妹はカウンターに腰掛け携帯をいじり始めた。 「おはようございます」 ウィローが来た。次のシフトの者が出勤しだしたのだ。みんなの視線がカウンターにいるエルムにいく。エルムはその都度俺の妹で兄が世話になっていますと声をかけた。我ながらよくできた妹だ。そしてとうとう奴が来てしまった。 「おはようございまぁす」 今夜は厨房担当だが店長と話すために奴がカウンター側に来た。奴と目が合った瞬間エルムがバッと立ち上がった。 「は、はじめましてっ、兄がお世話になっています」 「兄?」 奴はエルムが誰の妹かわかっていない。 「カツラ、彼女はシュロの妹さんよ」 ホリーが鈍い奴に耳打ちする。 「えーっ!」 奴が俺の顔を見、エルムの顔を確認する。俺は奴とはもちろん視線を合わせない。 「妹って...似てないな」 奴は普通の人なら気を使って言わないこともずけずけと言う。 「ちょっとカツラっ」 「いいんです。私と兄は義理の兄弟で。父が違うから」 「へぇ。シュロに妹がいたとは。しかもしっかり者のようだ。シュロに似なくてよかったな」 「えっ、あ、はぁ...」 奴の毒舌にエルムが困っている。奴とまともに目を合わせたせいかエルムの様子がおかしい。 「もう、カツラったら。エルムちゃん、気にしないでね。こいつ誰にでもこんなだから」 ホリーの助け船に感謝する。奴は店長と二人事務所へと行った。立ち去る奴の後ろ姿をエルムはしばらく見つめていた。

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