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第111話 シュロのできごと 2

「お兄ちゃんのお店って素敵な人が多いんだね。驚いちゃった。料理もすごく美味しかったし」 今日からしばらくエルムは俺の自宅で過ごすことになっている。学校が長期休暇に入るため、今年は俺の所ですごすとエルム自身が決めたからだ。 「母さん、新しい恋人ができたでしょ?私、邪魔しちゃいけないと思って今回はお兄ちゃんの所に帰ってくることにしたんだけど、正解だったな。ね、またお店に行ってもいいでしょう?」 「店は酒を提供する場だ。未成年のお前が来る場所じゃない」 「店長さんはまたおいでって言ってくれたよ?」 「社交辞令だ」 「行ったっていいよね?ね、ウリもそう思うでしょ?お兄ちゃんケチだよね」 エルムはウリちゃんの鳥かごに指を指し込む。かまってほしいウリちゃんはエルムの指をつつきながら聞いた言葉をそのまま繰り返す。 「ピピっ、シュロ、ケチ、ケチ」  あれだけ止めたというのに、その日エルムは厚かましく店にまた来た。仕事の邪魔にならないように奥のテーブル席で大人しく勉強をしていると約束はしたものの俺は気が気でない。平日のため仕込みや開店準備に余裕があるからか店の者も嫌な顔をしないが、こんなことが続けば仕事がやりにくくなる。  厨房で作業をしながらエルムのことに頭を悩ませていると、店内の方からひと際大きな笑い声が聞こえた。この声は間違えようがない。宇宙人の声だ。俺は嫌な予感がし、カウンター側に顔をのぞかせる。 「あはははははっ、なんだよ、これ。幼稚園児が描いたものみたいじゃないか。腹痛てぇ」 奴はなにかを手にして笑っている。なにがそんなにおかしいのか。 今日は店長不在だ。今夜の店の責任者は宇宙人だからかみんなリラックスしている。隣のウィローは奴につられまいと笑うのを必死に我慢しているようだ。その時ウィローが俺の視線に気付き、ヤバイという顔になった。 「ん?どうしたウィロー?」 奴が俺に気付いた。奴の向かいのカウンター席には奥のテーブル席で勉強をしているはずのエルムがいた。エルムの表情も気まずそうだ。 「シュロ、これは妹ちゃんがかわいそうだ」 そう言って奴は手にしている紙をペラペラと揺らして見せた。それは俺がエルムに書いて渡した自宅までの地図だった。俺は一気に頭のてっぺんまで血が上るのを感じた。 「俺に言ってくれたら描いてやったのに」 そう言って奴は俺に近づき顔を覗き込んできた。俺は奴と目を合わせないように必死に一点を見つめる。 「もういいだろ」 そう言って俺は奴の手から紙を奪い取ろうとした。しかし奴が紙一重でさっと手を引き俺の動きを交わした 「おまえ、またかよ?なぁ、シュロ、なんで俺のこと見ないんだ?」 またおなじみの奴の言いがかりが始まった。俺は顔を上げ奴の顔を見るふりをする。 「どこ見てんだ?目を見ろよ?」 奴が俺に一歩近づき顔を寄せてきた。 「カツラさんっ」 取っ組み合いが始まると思ったのかウィローが呼び留める。奴の意識が一瞬ウィローに向いた時、俺は奴の手から紙を奪い取り素早く厨房に戻った。もう少しであいつの術にまたはまるところだった。心臓がドキドキしている。 「あーもう、なんなんだよ、あいつ」 「エルムちゃん、今日もシュロさんは早上がりだから。今夜のオススメは...」 奴と俺が顔を合わせるとたいていこうなる。店に古くからいる者にとってはお馴染みのことだが、エルムは驚いたかもしれない。 気配りができるウィローが今目の前で起きた出来事をエルムに必死に取り繕っている言葉が聞こえた。  平日だが今夜も店はそれなりに込み合った。エルムは約束通りテーブル席に移動し、俺が終わる時間まで大人しくしていた。客が来ると奴はスイッチが入ったようにきりっとし、他の者たちもてきぱきと仕事をこなす。店長不在でも店はまんべんなく機能し、客達は酒と料理を楽しんでいた。 「お兄ちゃん、もしかしてあの人のことが気になるの?」 仕事を終えエルムと共に帰宅した。俺がウリちゃんに今日の報告をしているとエルムが聞いてきた。 「あの人?」 「カツラさんだっけ?男性だけどすごく綺麗な人」 俺はエルムが言っていることが理解できず言葉に詰まる。 「素直にならなきゃダメだよ?」 「エルム。奴に気を許すな。あいつは人間じゃない」 「は?何言ってるの?」 「あいつは」 「なによ、また妖精だとかいうんじゃないでしょうね?」 「...。」 「もう、お兄ちゃん!ソレルさんの時もそんなこと言ってたよね?彼女は人間じゃない、妖精だって」 ソレルとは俺が高校の時に近所に越してきた同級生だ。彼女はエルムのこともよく面倒をみてくれた。俺たち兄弟そろってソレルとは仲良くしていた。 「ソレルさん、絶対お兄ちゃんに気があったのに素っ気ない態度して。結局他の人に取られちゃって。ソレルさんの結婚式の日にやけ酒してたの知ってるんだからね!」 俺にとっては忘れたい記憶だ。それにエルムと奴とでは決定的に異なる。 「エルム。奴はソレルとは違う。奴は男だ」 「ソレルさんのことは好きだったと認めるんだね?お兄ちゃん、ソレルさんのこと妖精だってずっと言ってたよね?だから関わらないほうがいいって。で、今回カツラさんはなんなわけ?」 「奴は...。宇宙人だ」 エルムはグレーの瞳を見開き大きなため息をついた。 「バッカじゃないの!あの人ははれっきとした人間!」 「いや...」 俺は頑として否定する。これだけは譲れない。 「それに」 しかしエルムの言葉に反発しようとする俺に負けじとエルムが一気に畳みかける。エルムは俺の目をしっかりと見て続けた。 「性別なんて今の時代関係ないから!この国では同性同士でも婚姻はできるのよ、セックスだって」 俺はエルムの言ったことが最初理解できなかった。何と言った?セックスができる?俺と奴が...?一瞬脳裏に一糸まとわぬ裸で絡み合う俺と奴のビジョンが浮かぶ。透けるような白い肌に唇を落とす俺の姿、奴の赤い唇が反応して声をあげる。 「やだっ!お兄ちゃん、大丈夫?」 エルムが血相を変えて俺に近づく。彼女の手にはティッシュが握られていた。鼻に手をあてると俺は鼻血を出していた。

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