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第112話 シュロのできごと 3
俺はエルムに言われたことを考えていた。ソレルは妖精のように透明感がある美しい女性だった。なにかと俺に気を掛け優しくしてくれた。確かに俺は彼女に恋をしていたのかもしれない。しかし奴に対しては断じて違うと言いきれた。奴はソレルとは違いなにかと俺に絡みちょっかいを出してくる。なにか企んでいるに違いないのだ。
「おはようございます」
今日はウィローと一緒に厨房だ。昨日のことを気にしているのかウィローはいつもに比べよそよそしかった。
「おっす」
ウィローにはなんの非もない。俺は普段通り挨拶をする。
「おはよっ」
「おはようございます」
宇宙人が来た。奴の声を聞いてウィローの表情がぱっと明るくなった。
「おっす」
心なし声が小さくなってしまった。些細なことだが奴が気付かないはずがなかった。
「なんだ、シュロ?昨日のことを気にしているのか?」
奴が俺に向き直り近づいてくる。今日あいつの持ち場はカウンターだ。さっさと自分の持ち場に行けばいいのにどうしていつもこう嫌がらせをしてくるのか。
「別に」
俺は奴から視線を逸らせ、簡潔に答える。そばにいるウィローはハラハラしているようだ。
「おはようございまぁす」
呑気な声が響く。最近新しく入ったフヨウが出勤した。フヨウは何故か宇宙人に懐いている。なにか術をかけられてしまったのかもしれない。
「あっ!カツラさん」
「フヨウ、今日はホールだ。しくじったら即、洗い場に戻すからな」
「はぁい。よろしくお願いしまぁす」
奴は今日はそれ以上絡んでくることはしないで、フヨウを引き連れさっさと店内へと向かった。
店が開店した。しばらくするとフヨウは早速だめ出しをされたようで早い段階で洗い場に戻ってきた。
「もっとホールに居たかったのに。俺、なにがいけないんですかね?」
「カツラさんに言われなかった?」
忙しいにも関わらず、優しいウィローはフヨウの無駄口にもつき合ってやっていた。
「言ってたとは思うんですが。顔に見とれちゃって。怒ってる顔も素敵だから」
「ああ、そう」
「みんなで飲みに行ったりしないんですか?俺、カツラさんと飲みたいなぁ」
「フヨウ、こっちのもやらないと」
ウィローはフヨウの相手をすることを放棄したらしく、彼の話には乗らずに仕事の指示を出した。
「あ、はぁい」
フヨウは宇宙人の顔を見すぎて腑抜けにされたのではないだろうか。そうでないとこいつの在り様は異常だ。
あれからエルムは懲りずに平日の店にはよく顔を出し、店のみんなとも仲良くなっていた。その日の出勤前、エルムが嬉しそうにウリちゃんに話しかけていた。
「ウリ、いいでしょ?この間みんなと写真撮ってもらったの。それに私のために今度の月曜日にお別れ会までしてくれるって。」
「ピ、ピッ、エル、ピピっ」
「お別れ会だよ!ウリには難しい?お・わ・か・れ」
自分が働いている店を身内がよく思ってくれることは嬉しい。そして楽しそうにしているエルムの顔を見るのも兄としては喜ばしかった。来週には学校が始まるためエルムはまた寮に帰ることになっていた。
「すっかり顔なじみになってしまったな」
「私がお酒飲むようになったらひいきにするもん。ほら、お兄ちゃん、これほしい?」
「なんだ?」
エルムが俺の目の前に見せた携帯の画面にはエルムとウィロー、そして宇宙人が微笑む写真があった。俺は写真ならば変な術がかかることはないだろうと携帯を手に取りつい目を止めて見てしまった。
「ほんと綺麗だよね、カツラさん。女の私でも羨ましいぐらい。お兄ちゃん、この写真ほしい?送ろっか?」
形の良い輪郭、高い鼻梁、眉は描いたように優美な形。黄金律で配置された完璧な形の翠の瞳と赤く染まった唇。こちらに向かって微笑む奴の笑顔は美し...。
気を付けなければ。しかし勝手に視線が吸い込まれてしまう。
「お兄ちゃん?」
「あ?」
俺はさっと携帯をエルムに返す。
「必要ない」
俺は淡々と仕事に行く準備を進めた。
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