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第113話 シュロのできごと 4

 その日、夕方前から休業の店でエルムのために店長と社員のみでささやかな送別パーティーをしてくれた。この件は社員にだけ伝えられていたのだが、どこから聞きつけたのかなぜかフヨウも来ていた。 「ホリーさん、実はお願いがあって!」 「エルムちゃん、どうしたの?」 「実は...」 店に着くなりエルムがホリーを連れ出しなにか頼みごとをしている。聞き耳をすましていると「面白そうね!」、「え?私も?」など話声が聞こえてきた。話の内容がきになり俺は二人の様子を見ていた。 「こらこら、かわいい子には旅をさせろってな。シュロ、妹が気になるのはわかるけど、ここは安全な店なんだからさ」 まだ姿を見なかった奴の声がした。急に背後から話しかけられ俺はまたしまったと思った。こいつの気配はほんとうに読めない。 「シュロさん、こんばんは。これ作ってみたんですけど、味見してみてください」 奴と一緒にいたウィロ-が手料理を持参したらしく、俺に話しかけてきた。ウィローは器用で真面目なので料理の腕もめきめきと上げている。俺はもちろんと言って一口ほおばった。 「うん、旨い」 「よかったぁ」 「間違いないと言ったろうが。俺が手伝ってやったんだから」 ウィローが焦りカツラに詰め寄る。 「カツラさんっ、内緒って約束じゃないですか。シュロさん、手伝ってもらったのはほんの少しですからっ」 俺はウィローが持参した料理に目を落とす。素材の味を生かした繊細な料理の味、美しい盛り付け。どおりでかなりレベルが高いと思ったら。悔しいが宇宙人は料理の腕は抜群だ。 「ウィロー、ちょっと来て!」 エルムと話していたホリーがウィローを呼んだ。 「お兄ちゃんも、来て!」 俺もエルムに呼ばれ、それぞれが事務所へと連れて行かれた。そのときちょうど店長も到着し、店内には店長と宇宙人そしてフヨウが残された。 「こんな格好、恥ずかしいわ。おかしくないかしら?」 「すっごく似合ってます!ホリーさんかわいいから、私なんかより素敵!」 女子たちがお互いを褒め合い、キャッキャと喜んでいる。二人はかわいらしいフリルが付いたおしゃれなメイドの格好をしていた。ホリーはクラシカルなロング丈のスカート。エルムは膝上のスカートに二―ソックス。地毛(じげ)とは異なる色のウイッグをつけ、髪型もちがうのでぱっと見は別人に見える。メイクも衣装に合わせたものにしたようでいつもの雰囲気とは全く違う。確かにホリーは良く似合っていた。その姿のまますぐにでもメイドカフェで働けそうだ。 「あ、お兄ちゃん、ウィローさんも似合ってる!」  俺とウィローは首元にタイを結び、執事のコスチュームに着替えさせられていた。俺たち男にはウイッグはない。エルムが俺たちのもとに歩み寄り衣装に似合うように俺たちの髪をセッティングする。 それだけでも不思議と目を惹きつけるような変化はあるらしい。女子二人が俺たちの姿を見て 「素敵!」、「別人、全然ちがう~」などど奇声をあげた。ウィローは眼鏡までかけたせいかガラリと見た目が変わった。彼はいつも柔らかい雰囲気だがクールな印象に変化した。 普段は身に着けない服装でおかしな気分だ。みなかなりテンションが上がっているようだ。 「まさか、エルムちゃんがコスプレにはまっていたとはね」 「せっかくだからこの際みんなでいいかなと思って。思い出に。写真、後で撮りましょ!」 「そうねっ」 エルムの荷物が異様に多いと思ったらこんなものを持ちこんでいたとは。衣装のせいか普段と違う自分になって、ホリーもウィローも表情は明るい。 「あの...、カツラさんは?」 ウィローが声をかけなかった奴のことを気にして尋ねた。 「あいつは最初に話したら絶対いやだって駄々こねるでしょ?みんなが着替えてしまえば大人しく着替えるわよ」 「ははは、さすがホリーさん」 「ウィローさん、大丈夫ですよっ。カツラさんのはとびっきりのを用意していますから!」 エルムの言葉にホリーもウィローも目をキラキラと輝かせた。店内に戻ると俺たちの姿を見て、店長と奴が目を見開き驚いていた。 「すごいな!みんないいじゃないか」 店長が俺たちの変わりように驚きと賞賛の声をあげた。 「ホリーさん、すごく、すごく素敵です」 フヨウは今にもホリーに飛びかかりそうな勢いで感想を述べる。 「ありがとう。今日はみんな、コスプレしようってことになったの」 「みんな?僕もかい?」 ホリーの言葉に店長は自分を指さし確認した。 「もちろん店長さんの分も用意してあります。あの、来ると思っていなかったのでフヨウさんのはないんですが」 エルムは社員でないフヨウの準備をしなかったことを詫びた。フヨウはもちろんそんなことは気にしない。 「俺はいいんでっ。店長、カツラさん着替えてきてください」 「そうかい」 エルムの提案に店長も乗り気のようだ。 「俺はいいや。フヨウ、俺の着れば?」 奴のこの言葉にその場にいた全員の落胆が手に取るようにわかった。予想外の矛先を向けられたフヨウが焦って答える。 「俺っ、俺はいいんでっ。そもそもサイズだって。ね、エルムちゃん?」 「私、カツラさんのために一生懸命選んだんです。みんなで楽しめたらと思って」 我が妹ながらあっぱれの演技だった。エルムは瞳を潤ませた。声までも震えている。 「もう、カツラ。子供みたいなこと言わないで。事務所にわかるように用意してあるからさっさと着替えてきて」 ホリーが奴を促す。 「ほれカツラ、行くぞっ」 店長までが助け舟をだしてくれ、奴は渋々といった感じで着替えるため事務所へと向かった。 「私、二人のフォローに行ってきますね。戻ったらみんなで写真撮りましょう!」 さっきまで半泣きだったエルムは今日一番の笑顔だ。みんなが今か今かと待ちわびる。 「いやぁ、こんな格好、少しはずかしいな」  店長が照れながら戻って来た。どこかの国の「キモノ」というものだろうか?上に同じような羽織を身に着け、威厳を感じさせた。暗い色の美しい生地(きじ)(はた)から見たら執事やメイド姿の俺たちを取り仕切る頭領のようだ。 「すごく素敵です!似合ってます」 エルムの言葉を皮切りに皆、口々に「いい!」、「貫禄ある」などの感想を述べている。店長は笑顔を浮かべまんざらでもなさそうだ。 「ご主人様、ご用命は?」 最高の笑顔で出てきたのは奴...。 足の長さが際立つ黒い執事服、()える長めの明るい金髪。プラチナブロンドだろうか。その場にいる者全てが息を呑み目を見張った。 みんなの反応に満足したかの次の瞬間にはさっきまでの笑顔は消え失せ奴は冷めた表情になりぼやいた。 「男でなんで俺だけヅラなわけ?」 奴はそう言って自分のウイッグを取ろうと頭に手をかけた。 「いいんです!とっても似合ってますよ!ね?」 エルムは慌て全員の意見を確認する。年下のエルムに必死に懇願され奴は渋々頭から手を離した。 奴だけ雰囲気がガラリと変わった。 ここまで金髪が似合うとは。生まれつきそうだったようにまったく違和感がない。白い肌と翠の瞳でまるで絵本から出てきた王族のようだ。元々色素が薄いタイプなのだ。プラチナブロンドの髪の色との相乗効果で柔らかい雰囲気になっている。 俺は不思議な感覚に陥る。確かに今の奴には性別を超越して惹きつける魅力があった。 「カツラ、別人みたい。あんたってほんと化けるわね。今夜はずっと黙ってた方がいいわよ。」 ホリーのいいように奴が片眉を上げ反撃する。 「ホリーもすごくかわいいよ、ピンクの髪なんかにしちゃって。若作りが成功してる」 嫌味ったらしくほくそ笑みながら切り返す奴にホリーが見事なエルボーをかますが、器用にかわされてしまった。俺は奴から目が離せなかった。これほど美...。 「お兄ちゃんっ!」 エルムの呼びかけに俺は我に返った。エルムは満面の笑みで俺を見つめている。 「あとで一緒に写真撮ろうね」

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