109 / 215
第115話 シュロのできごと 6
俺は店長に言われたことが頭にひっかかっていた。「カツラに惚れている」
やつは宇宙人で男だ。あり得ない。自宅に着き悶々としている俺をよそにエルムはぼぉっとしたままだ。
「どうしたんだ?」
エルムの様子が気になり声をかけた。
「あ、ううん。別に」
明らかにおかしい。それにもう一つ気になることがあった。
「俺は気を失った。誰が運んでくれたんだ?」
俺は自分で言うのもなんだがかなりガタイはいい。店長を含め俺以外に男が四人いたのだからなんとかなったとは思うが、今度顔を合わせたときに礼をしなければと思い、エルムに確認した。
「うん、それがね。タイガさんて人が」
「タイガ?」
聞いたことのない名前だ。
「誰だ?」
「ええっと。お兄ちゃんが気を失って顔面をテーブルに思い切りぶつけてそのまま椅子からづり落ちて。言っておくけどすごい音がしたんだからね。心配かけないでよ」
どうりで額に大きなこぶができているはずだ。俺はエルムにすまんと謝って話の先を促した。
「みんな駆け寄ってお兄ちゃんを移動させなきゃってなった時に、店に来た人なの。前に店長さんと一緒に仕事をしたんだって。その絡みで今夜資料を持ってきて。店長さんが店は休みだけどいるから資料を持ってくるように伝えてたらしいよ」
「その人が俺を?」
「タイガさんお兄ちゃん並にガタイがいいの!背はもう少し高いかな。顔も素敵で、優しそうで。かっこよかったなぁ。おにいちゃんのこと、軽々ひょいともちあげちゃうんだもん」
エルムの心ここにあらずの理由が判明した。エルムはそのタイガとかいう男にのぼせあがったようにうっとりとした顔で話し続けた。
「あれにはみんなびっくりしてたもん。甘いマスクなのに力強くて男らしくて」
「そうか」
「あっ、カツラさんと仲いいみたいだよ。なんか二人で話してた。ウィローさんも顔見知りっぽかったな。たまに店にくるみたい」
エルムは俺に必要事項だけを伝え、いそいそと風呂へと向かった。きっと友達に今日あったことを連絡するのだろう。エルムは明日帰ることになっている。
明くる日、エルムは寮へと帰って行った。また長期休暇に来ると言って。店に出勤すると奴とホリーが既に出勤し、厨房で作業をしていた。
「シュロ、おはよう」
「ホリー、おっす」
「シュロ、おまえ大丈夫か?」
奴が尋ねてきた。俺はなるべく普通通りに接する。
「おっす」
「しかし、派手に気を失ったな。白目むいてたぞ。くっくっくっ...」
「もう、カツラっ」
ホリーが奴をたしなめ再び俺に向き合った。
「額は大丈夫なの?赤くなっていたけど」
「もう平気だ」
「カツラ」
俺が奴の名前を口にするのはいつ以来だろうか。呼ばれた本人もキョトンとしている。
「なに?」
「知り合いに世話になったと聞いた。よろしく伝えてくれ」
店長にああ言われてしまってはこいつの目を見ないわけにはいかない。俺は全身全霊の気合を入れ奴の目を見た。
「わかった。伝えておく」
奴は真っ直ぐ俺の目を見て話し終わるとすぐに目を逸らした。俺は...。俺の身にはなにも起こらなかった。
店内の方に向かった俺は振り返り、引き続きホリーと一緒に業務にあたる奴の後ろ姿を見る。そこには宇宙人だと思っていた者の姿はなく、同僚のカツラがいるだけだった。
その日俺の持ち場はカウンターだった。厨房にはホリー、カツラとフヨウたちがあたっていた。途中店が混み合いカツラが応援に店内業務にあたる。店長顔負けの酒の知識、客の心をつかむ接客、適格なバイト達への指示。スムーズにオーダーが流れ通っていく。悔しいがカツラは優秀なのだ。
「シュロ、まだ残っていたの?」
閉店作業が終わり、スタッフたちが帰っていく。先に着替えすませたホリーが厨房を覗き込んだ。
「うん。明日、こっちだから少し準備しておこうと思って」
「相変わらず真面目ね。あまり遅くならないようにね。お先に」
「おっす」
明日俺は厨房担当だ。店にいるのは自分だけだと思い、明日の用意を続ける。すると事務所の方からこちらに近づく足音がした。
「あれ?まだ居たのか?」
カツラも事務所に残っていたらしい。手には紙を持っている。シフトを作成していたようだ。
昨夜のこともありカツラと二人なのはどうしても気まずい俺は動作を速め、頭上の棚を開ける。
ガシャーンッッ!!
「痛っ!」
棚を開けた瞬間いい加減に重ねられていた鍋やポッドなどが一気に落ちてきた。俺は咄嗟に左手で頭をかばう。落ちてきたもの全ての衝撃が左手にかかった。痛みのせいでその場にうずくまる俺のもとにカツラが駆け寄ってきた。
「シュロ、大丈夫か?」
俺の左手は赤く腫れていた。
「ちょっと待ってろ」
カツラはさっと冷凍庫から保冷剤をとり、そばにしゃがみ俺の左手に当てた。
「きっとフヨウだろ。いい加減なしまい方しやがって。ホリーに確認するよう言ったんだけどな。痛むか?」
俺の手を心配し話し続けるカツラに視線を向ける。「早くカツラ慣れしろよ。免疫つけておかないと仕事がやりにくいだろ」店長に言われた言葉を俺は噛みしめ、今まで思っていたことをカツラに尋ねてみることにした。かなり勇気を要したが。
「カツラ」
「ん?」
俺に名を呼ばれカツラが顔を向ける。俺とカツラの視線が重なった。俺の鼓動は早くなる。
「おまえは...人間なんだよな?」
「は?」
「だから...」
「人間じゃなかったらなんだっていうんだ?」
「宇宙人...とか」
「はあ?」
カツラは思い切り不快な顔をした。
「おまえの瞳が」
「はいはい、こんな色だからか?」
カツラは思い切りあっかんべぇを目だけでし、翠の瞳をまざまざと見せつけた。美しい翠の瞳。視線が強烈に吸い込まれる。それほどまでに俺の意識を惹きつける色をしている。それだけではない。カツラの存在自体が異彩を放っている。俺にはそう見える。俺の深層心理に気付くはずもなくカツラは語り続ける。
「この色は生まれつきだ。しかも人間から生まれた。それに...ほらっ」
カツラはそう言って不意に俺の右手をとり自分の胸に当てた。
トクン、トクン、...
「わかるか?」
心臓の鼓動を感じる。今生きている証。目の前の男は俺と同じ人間で、俺は今この男の命の鼓動を聞いている。たまらなく愛しさがこみ上げる。
「俺は...ずっと」
「俺を宇宙人だと思って避けていたのか?おまえ、変わったやつだな」
カツラがニヤリと笑った。正直に気持ちを打ち明けたせいかカツラはそれほど気分を害していないようだ。俺がカツラをさけてきた理由に対する驚きの方が勝 ったのかもしれない。
「俺もさけられて意味不明でムキになった。からかって悪かったな」
「俺が悪かった。すまない。これからは普通にする」
「うん。そうしてくれ」
お互い目を見て微笑んだ。今まで感じたことのない穏やかな気持ちが溢れ出す。俺は今までなにをしていたのか。
カツラを勝手に宇宙人だと思い込んでいた。自分と違いすぎるという理由だけで。無意識に自分に暗示をかけていた。心の奥底にある気持ちに気付かないように。
カツラは大切な、大切な職場の仲間だ。俺が守るべき仲間。
ともだちにシェアしよう!