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第127話 11-10

「もしカツラに恋人がいたらどうするの?」  昨日からフヨウの頭ではずっとホリーの言葉がこだましていた。「いるんですか?」と尋ねたらそれはわからないけどとはぐらかされてしまった。 ホリーとカツラは特に仲がいい。ぱっと見は恋人に見えなくもない。二人はいつも憎まれ口をきいてはいるが、お互いのことを理解し支え合っているようにフヨウには見えた。「ホリーさんの彼氏って本当はカツラさんなんじゃ...」想像がふくらんでそんなことまで考えていた。 「フヨウ、もう準備はできてるね」 「あ、はい」 ウィローが出勤し、憂鬱な考えにとりあえず終止符を打つ。 「おはよっ」  今夜はカウンター担当のカツラが出勤した。すらっとした長身、透けるような白い肌、美しい翠の瞳、艶のある黒いサラ髪。そのすべてにフヨウは胸をときめかせた。カツラの傍にいくと香水をつけているわけではないのにとてもいい匂いがするのだ。 今日は厨房はウィローがいるからとカツラは一瞥もせずさっと店内の方に行ってしまった。「俺はこんなにあなたのことが好きなのに...」フヨウは素っ気無いカツラの態度にフラストレーションを募らせた。 「あはははっ」  セージは今夜はホールだ。カウンターにいるカツラとなにか話をしているのか彼女の楽しそうな笑い声が厨房にまで聞こえてくる。フヨウは無意識に大きなため息をついていた。 「大丈夫?」 「え?」 「気にすることないよ。カツラさん、基本的に女の人には優しいから」 「すんません、俺ため息出ちゃってました?」 ウィローは困ったような顔をして笑った。 「あの... 」  ウィローは厨房の仕事をフヨウに任せ、店内へと向かった。フヨウに二人の様子を見てきてほしいと頼まれたからだ。このまま集中力のないまま仕事をされても困るので、ウィローはフヨウの希望通り二人の様子を見に店内に入った。  カツラとセージはそれぞれの持ち場で仕事をしていた。フヨウは二人がぴったりとくっついて仲睦まじく仕事をしていると思っていたらしいが、やはり思い過ごしだった。 「どうした?」 ウィローの方を見ずにカツラが声をかけてきた。様子を見に来たことに気付かれていないと思っていたから、ウィローはなおさら驚いた。適当な言い訳を探し答えようとしたとき、入口のドアが開いた。 ギィィ…。 「こんにちは」  ドアを開け入ってきたのはタイガだった。彼はなにか紙袋を持って来ている。 「タイガさん、こんにちは。どうしたんですか?」 タイガに一番近い場所に立っていたウィローが彼に要件を尋ねた。 「これ...店長に。丘の上のレストランの支配人に頼まれたんだ」 袋の中身は数種類の酒や缶詰、レトルトパウチの食品が入っていた。 「こんにちは」 タイガの姿を認め、カツラが歩みよった。 「あ、こんにちは」 「なんだ?」 カツラも不思議そうにタイガが手にした紙袋の中を覗いた。 「『desvío』の店長監修で作った酒だ。まだ試作品らしいけど。この料理は今度出すらしい。レストラン自慢の料理を自宅でも気軽にってことで。いつも世話になっているから店のみんなで食べてくれって。ちょうど別の打ち合わせでレストランを利用したときに言付かったから」 「へぇ、ラッキー」  カツラはタイガから紙袋を受け取り、カウンターに置き中身を確認し始めた。興味をそそられセージもそっと近づき眺める。 缶詰やレトルトの袋のパッケージの料理の写真は食欲をそそるものだった。セージは今日授業が忙しく、昼食を抜いたことを思い出した。途端にセージの腹の虫が鳴いた。 ギュゥ~ 一斉にその場にいる者たちの目線がセージに向いた。 カツラと目があった。たまらなく恥ずかしくなりセージはお腹を押さえ顔を伏せた。

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