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第131話 11-14

 カツラは軽いパニックに(おちい)った。まさかフヨウがここまでの行動に出るとは思わなかった。身長差はカツラの方が高いが、ガタイはフヨウの方がいい。もともと筋肉質の上鍛えているらしく服の上からもフヨウのぶ厚い筋肉を感じ取れた。 「ヤバイ、動けない」護身術の腕に自信のあるカツラだったが、今のように羽交(はが)い絞めにされてしまってはなす(すべ)がなかった。細身のカツラは力が強い方ではない。力強く抱きしめられ、カツラは息苦しさを感じた。 「フヨウ、苦しい。力緩めろって」 カツラは優しい声で語りかけるがそれも今のフヨウには逆効果だったらしい。 「俺にもそんな声でずっと語りかけてほしい」 「え?」 フヨウがカツラの肩に顔を(うず)めくぐもった声で何かを言った。しかしカツラにはよく聞き取れず、顔を動かした瞬間フヨウの唇がカツラの唇を捕らえた。  まさかここまでされるとは。カツラは全身の力をこめフヨウからの脱出を試みた。しかし全くびくともしない。背中を壁に強く押し付けられカツラはフヨウにのし掛かられるような体勢になった。脱出のため力を入れたせいで体力を使い余計に息苦しい。 しかしフヨウから唇に与えられる感触はとてもソフトで優しかった。意外だがフヨウはキスが上手かった。舌の絡め方、口腔内に与えられる感触はたまらなく、カツラは今自分が陥っている状態がなんなのかわけがわからなくなってきた。 「んっ...」 「カツラさん、好きだ」 長い口付けの合間に唇が僅かに離れた瞬間フヨウがカツラに囁いた。フヨウの明るいブルーの瞳がカツラを見つめていた。また唇を重ねられるが、逃げ出す気力がない。カツラの視界はぼやけ、なんだか軽い頭痛もする。無意識のままフヨウにされるまま舌を絡め取られる。次に目を閉じた時、カツラは意識を失った。 「カツラさん...」 唇を離しフヨウはカツラを強く抱きしめた。フヨウは恋焦がれていたカツラと深いキスを交わしこれ以上ない幸福感に浸っていた。「絶対に大切にする。俺の宝物だ」フヨウは己の思いに浸っていたが、カツラからなんの反応もないことにようやく違和感を感じた。 「カツラさんっ?...!!カツラさんっ!」 フヨウはようやくぐったりとしたカツラが意識を失くしていることに気付いた。 「どうしよう...」フヨウはカツラを力の限りずっと強く抱きしめ続けた。その上口をふさぐようにキスをしたため、カツラは軽い酸欠状態に陥ったのだ。フヨウはカツラをおぶり、事務所へと移動した。カツラをソファに寝かせ急ぎ厨房に行き、ウィローに助けを求めた。 「いったいなにがあったんだ!」 ウィローが事務所へと駆け付けると、ぐったりとしたカツラが目に入った。 ウィローはカツラに駆け寄り彼のシャツのボタンをいくつか外し、袖もまくり上げた。手首から脈をとりカツラの呼吸を確認する。浅い呼吸が聞こえる。 ウィローは公務員試験の時に習った人命救助の方法を必死に思い出しながら、カツラを仰向けから横にむかせた。しばらくするとカツラが目を覚ました。美しい翠の瞳が垣間見える。 「カツラさんっ、これ飲めますか?」 ペットボトルの水を差し出すがカツラの反応は鈍い。すぐに瞼を閉じてしまった。ウィローは一瞬躊躇したが迷っている場合じゃないと自分に言い聞かせひとくち口に含み、そのままカツラに口移しで水を与える。数回咳をしカツラが再び目を開けた。 「俺...いったい..?」 カツラの意識がようやく戻ったようだ。ウィローは緊張の糸が切れしりもちをついた。カツラの様子を落ち着いて確認すると、彼の口は腫れているように見えた。手首から腕には強く掴まれたようなあざがある。 ウィローは背後でことのなりゆきを黙って見守っていたフヨウを鋭い目で見た。 「フヨウ、お前...」 ウィローは穏やかな性格だ。そんな彼が今烈火のごとく怒りフヨウを問い詰めようとしている。 「俺、俺...」 フヨウは今さら自分がしでかしたことを認識したのかおろおろした。 「ウィロー、タイガを呼んでくれ。今夜は...早退する」 カツラは右手の甲を額に当てウィローに言った。 「カツラさん、大丈夫ですか?」 ウィローがカツラの顔を覗き込み意識を確認するように言った。 「うん…。あいつに迎えに来るよう言ってくれ。具合が悪くなったからと。同棲してるんだ」 カツラとタイガの仲がここまで深いものだとは思わずウィローとフヨウは驚いた。 「フヨウ...、俺はお前に応えてやれない。悪いな。もう、こんなことはするな」 「俺...ごめんなさい。こんなことしたかったわけじゃないのに」 「さっさと仕事に戻れ。ウィローも。シュロには...余計なことは言うな」 今夜カウンターにシュロが出ている。ウィローはカツラに「わかりました」と言い、フヨウを先に厨房に戻した。そしてカツラから聞いたタイガの連絡先に連絡を入れた。  ウィローはタイガがこちらに向かっていることをカツラに伝え自分も仕事に戻った。「フヨウも見たはずだ。カツラさんの胸元には多数のキスマークがあった。彼はもう人のものなのだと理解したはず」 それでも今夜フヨウを帰す前に話さなければとウィローは思っていた。いくら好きだからと言っても力づくでどうにかしようなんて受け入れられないことだ。フヨウが考えを改めないようであれば、ウィローは店長にこの件を報告するつもりでいた。大切な先輩を傷つけられウィローはかつてないほどの怒りを感じていた。

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