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第134話 11-17

 フヨウはあの日、閉店後ウィローから呼び出しを食らった。そして自分がカツラにしてしまったことに対してどう思っているのか、今後どうするつもりなのかきつく責められた。  自分でもなぜあそこまでしてしまったのかフヨウは戸惑っていた。まるでなにかに取り憑かれてしまったようだった。魔が差したとしか言いようがない。何度考えてもタイガという存在が自分の気持ちを追い詰めたにちがいないと思っていた。  そして衝撃だったのは…。カツラの白い胸元には赤いキスマークが複数あった。タイガがつけたのだ。恋人なのだから仕方ないが、あの男が肌に触れるのをカツラが許していることがフヨウには受け入れ難かった。 それでもまだカツラが愛しい存在であることに変わりないが、フヨウは今後カツラとどのような顔をして会えばいいのかわからなくなっていた。  翌日も厨房で仕事に取り掛かる。ウィローはカツラとフヨウの間でなにがあったのか他の者には話していないらしく、フヨウはウィロー以外とは気まずい雰囲気にはならずにすんでいた。 「おはよ」  あんなことがあったにもかかわらずカツラは休まず出勤した。フヨウは彼の声を背後に感じ心臓が跳ね上がる気分だった。フヨウ以外のメンバーは普通に挨拶を交わす。フヨウは押し黙ったまま仕事に取り組んでいた。 「フヨウ」 カツラに声をかけられフヨウは金縛りにあったように動きを止めた。 「おい」 反応しないフヨウに再度カツラが声をかけてきた。 「はい...」 フヨウはおそるおそる視線を落としたまま振り向いた。カツラの長い足が視線に入った。 「ちょっと顔貸せ」 カツラはそう言って厨房をあとにした。フヨウは迷ったが、素直にカツラの後について行った。カツラは事務所にフヨウを連れ出した。歩みを止めカツラがフヨウを振り返る。 「フヨウ」 フヨウはカツラに呼びかけられようやっと顔をあげた。今日のカツラも自分の記憶に残っている通り美しかった。 「お前、どうしてあんなことをしたんだ?」 「すみません、俺...。自分でもよくわからなくて。気持ちが押さえられなくなって。後悔しています。カツラさんを傷つけるつもりなんてなかったのに」 カツラはフヨウの気持ちを黙って聞いていた。 「そうか。俺はお前には応えてやれない。それはこの先もない」 再びカツラにはっきりと振られフヨウは膝の力が抜ける感じがした。涙が溢れそうになった。必死に歯をくしばる。 「でも今回の件は許してやる。二度とするな」 「え?」 フヨウはカツラの顔を見つめた。まさか彼が許してくれるとは思っていなかったからだ。 「俺...」 「ほら」 カツラはフヨウに手を伸ばし握手を求めた。フヨウはカツラの顔と差し出された手を交互に見つめた。 「仲直りの握手だ」 カツラから歩みよってくれたことがフヨウはたまらなく嬉しかった。 「カツラさんっ!」 フヨウはカツラの差し出した手を握りしめた。その瞬間カツラと握手した手を足元に強く引き寄せられたと思ったら...、もう片方の手で腕を触れられ...次には自分の体が宙に浮き、フヨウは気付くと床に背中を強く打ち付けていた。 ドスンッ!!! 「ぐっ!!いったっ...」 フヨウは今自分の身に起きたことがすぐには理解できなかった。目を開けるとカツラがフヨウを見下ろし微笑んでいた。それは勝ち誇ったようなたまらなく魅力的な笑みだった。そしてわかった。自分はカツラに投げ飛ばされたのだと。 「フヨウ、お返しだ」 フヨウはのろのろと起き上がった。打ち付けた背中はじんじんと痛む。しかしカツラのこのやりようにフヨウは全く腹が立たなかった。それどころか諦めなければいけないカツラへの気持ちがなおさら高鳴った。 カツラはフヨウに昨夜の仕返しをしたかったのだろう。そんな彼の少し子供じみたところがカツラへのフヨウの恋心をなおさら(あお)った。 「さあ、今日も仕事がんばるか」 気分を一掃するようにカツラが立ち去ろうとしたところをフヨウが背後からまた抱きついた。 「お前っ!」 「大丈夫、何もしません。ただ、俺はやっぱりあなたが好きです。他の人のものでも構わない。なにがあってもカツラさんの味方です。ずっと思っています」 フヨウが言ったようにカツラを抱きしめるフヨウの腕には力が入っておらず、カツラはいつでも抜け出せる状態だった。しかしこんなふうに健気に自分を思う男に邪見な態度をとることはできずにカツラは軽くため息をついた。 「フヨウ、タイガに殺されるぞ」 「俺は本望です。カツラさんのために死ねるなら」 「ああもうわかった。お前の気持ちはよくわかったから。放せ、暑苦しい」 「はいっ」 フヨウはカツラの言葉に素直に従いカツラから離れた。カツラがフヨウを振り返るとフヨウは満面の笑みを浮かべている。 「お前、調子のいい奴だな」 カツラはフヨウの扱い方をまた間違ったと思いながら二人で事務所をあとにした。

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