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第135話 11-18

 遅出のウィローは驚いていた。昨夜あんなことがあったにもかかわらずカツラが普通に出勤しており、フヨウと変わらずに接しているからだ。カツラとフヨウは厨房で二人、いつも通りの様子で仕事にあたっていた。 「カツラさん...」 今夜はカツラと持ち場の異なるウィローがカツラのそばに歩みよった。 「ウィロー、昨日は世話になったな」 カツラは普段と変わった感じはしない。 「あの...大丈夫なんですか?」 「ん?」 カツラがウィローの方に顔を向け目を見開いた。 「ああ、もう大丈夫だ」 ウィローはフヨウの方にそっと視線を移した。 「ウィローさん...おはようございます」 フヨウが気まずそうに挨拶をした。 「フヨウ」 「ウィロー、もう平気だ。フヨウとも話はついた」 「カツラさん」 ウィローはカツラのことが心配でたまらなかった。フヨウに甘くはないか? ウィローはあの日、見てしまった。 カツラとタイガを見送ろうと事務所に向かうとそこにはタイガにキスをねだり甘えるカツラの姿があった。ウィローは衝撃を受けた。あんなカツラを見たのは初めてだったからだ。恋人にしか見せない顔。ウィローは見てはいけないものを見てしまったと思い、声をかけずにそっとその場をあとにした。 そして思ったのだ。カツラは気丈に振る舞ってはいたが、よっぽど辛かったにちがいないと。 その日カウンターで一緒だったホリーにウィローは閉店後時間をもらいカツラを巡る出来事を相談した。 「ええーっ!カツラの恋人があの人なのっ!?」 ウィローからカツラの恋人の正体を聞いたホリーは驚きを隠せなかった。あの素敵な男性よね...シュロを持ち上げた。友達だと思っていたらそういうことだったの。ホリーは一人納得した。  そしてウィローはカツラの恋人の存在を知り我を失ったフヨウがやってしまったことをホリーに伝えた。ホリーはウィローと同じく力づくでカツラにせまったフヨウに怒りを覚えた。女性であるが(ゆえ)かそれは絶対にダメだと本能で拒絶していた。 「カツラは大丈夫なの?」 「フヨウと話し合ったみたいなことは言ってましたけど。俺心配で」 「そうね...、カツラ、ぬけたところあるからな」 ホリーもウィローに同意した。 「この件はシュロの耳にも入れておいた方がいいかもしれない。フヨウが鍛えているとはいえ力ではシュロに敵わないだろうから」 「そうですよね。シュロさんなら頼りになるし」 「私からシュロには話しておくわ。フヨウにも釘をさしておくわね」 ホリーとウィローはカツラを守るべく今後の対策を話し合った。  明くる日、ホリーはカツラの顔を見るなり彼に歩みよりフヨウとの件について自分たちが味方であることを伝えた。 「ウィローから聞いたのか。平気だって言ったのに」 「カツラ、本当に大丈夫なの?」 ホリーは本気でカツラを心配していた。カツラもそんなホリーの気遣いに気付いていた。ホリーの気持ちはありがたいがこのままでは仕事がやりにくくなる。 「おはうございます」 なにも知らないフヨウがカツラとホリーに挨拶をしにカウンターに顔を出した。 「おはよ」 カツラはいつも通りの様子でフヨウに挨拶を交わす。 「おはよう。フヨウ、ここは職場なの。わきまえてね」 いつも優しいホリーから冷たい一言を浴びせられたフヨウはすぐに理解した。ホリーは自分がカツラにしてしまったことを知っているのだと。ホリーの言葉に体をこわばらせるフヨウに気付きカツラが言った。 「ホリー、心配ない。だよな?フヨウ」 自分のことをかばってくれるカツラにフヨウはなおさら彼に強く惹かれる自分を自覚する。だからこそ、絶対にカツラを困らせてはいけないと思いだまって頷いた。 「私たち、見てるから」 「わかっています」 フヨウは小さな声でそう答え厨房へと戻った。 「フヨウ、お前辞めるなよ?」  ふと気づくとフヨウの隣にはカツラがいた。壁にもたれフヨウの様子を伺っている。今夜彼はカウンターだったはずだ。閉店時間近くになりわざわざ様子を見に来てくれたのだろうか。 「カツラさん...」 「ようやく厨房の仕事も一人でできるようになってきたな。そろそろ本腰入れてホールの練習か」 「カツラさん、優しくしないでください。俺、ばかだから期待しますよ?」 「期待はするな。俺に下心はない。単に今まで教えたことを無駄にしたくないだけだ。ま、そうはいってもどうするか決めるのはお前の自由だから。止めないよ」  カツラは目だけでフヨウを見ていた。美しい翠の瞳。彼を最初に見たときからフヨウはこの瞳の虜になっていた。フヨウはやはりこの人とは離れたくないと思ってしまった。たとえ思いが実らなくても。 「じゃ、俺あがるわ。おさきぃ」 早番だったカツラはフヨウを含めその場にいるスタッフたちに声をかけ帰っていった。フヨウはカツラが自分のために言ってくれた言葉を心の中で反芻(はんすう)し、くじけそうになる気持ちに必死に向き合おうとした。

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