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第137話 11-19

 今夜は週末で『desvío』はフルメンバーだ。早出で準備に携わっているのは社員と長時間勤務のフヨウ。 今夜の割り当てはカツラ、ホリー、ウィローがカウンター、シュロ、フヨウで厨房だ。 店長は今日まで出張で帰りに店に顔を出すとのことだった。もうしばらくしたら早出のバイトたちも出勤する。 いつもなら和気あいあいとしているはずがカツラとフヨウの問題のため店の空気はギスギスしていて最悪だった。みな無言でひたすら仕事に取り掛かっている。 「なぁ、いったいなんなんだ。葬式みたいじゃないか」 重苦しい空気にカツラがついに声をあげた。 「カツラ、みんなあんたを心配しているの」 「それはありがたいけどもう平気だって話したろ」 「カツラさん、俺たちにまで無理しないでください」 「無理してないって」 カツラがなにを言ってもホリーとウィローは聞く耳を持つ気はないらしい。カツラは強硬手段に出ることにした。 「ホリー、ウィロー、ちょっと来て」 カツラは二人を連れ立って厨房へと向かった。  厨房ではシュロとフヨウが無言で作業をしていた。シュロはもともと口数の多い方ではないが、今日は特に押し黙っいるようで、まるでフヨウの一挙手一投足も見逃さないぞという雰囲気だった。 そんなシュロの様子を見て、カツラはシュロの耳にも入っているのだとホリーとウィローに視線を向けた。二人は仕方のないことだというふうに悪びれる様子もない。 「カツラ...ホリー、ウィローも。どうした?」 シュロがカツラたちに気付き声をかけた。フヨウもこちらを振りむいた。彼の顔は不安そうな色を落としていた。 「あのさ...俺とフヨウのことなんだけど」 その場にいる全員がカツラの次の言葉を待つ。 「みんな心配してくれるのはすごくありがたいんだけど、仕事がやりにくいから普通にしてくれないか?」 「普通にしている」 シュロが間髪入れずに答えた。カツラがシュロの顔を見た。カツラの顔はこれのどこが普通なんだと言いたげだ。 「ただ、カツラを守りたいだけだ」 「俺は守ってもらわなくてもいい。フヨウより俺の方が強い」 「なに言ってるの、失神させられたんでしょ?」 「あれは油断していたから。もう油断はしない。フヨウとも約束したし。それにあの後こいつをなげとばしてやった。それで俺の中ではすっきりしたからもう大丈夫なんだ」 「カツラさん...」 まだカツラが無理をしていると思っているのかウィローは心配そうにカツラを見た。 「投げ飛ばしたって。また変なことになったんじゃないでしょうね?」 ホリーもウィローと同じようでカツラに問いただす。 「普通に投げ飛ばしただけだ。抱きつかれたりはしていない」 フヨウは複雑な思いでみんなの話を聞いていた。少し違うかもしれないが、カツラが必死に自分をかばってくれているようで嬉しかった。それでも仲の良かったみんなが自分のせいでこんな風になってしまって申し訳ない思いもあった。 「あの...」 みんなが一斉にフヨウの方を見た。 「今回は本当にすみませんでした。あんなことするつもりなんてなかったのに。でもいい加減な気持ちじゃないです。俺は本気でカツラさんを...」 「フヨウ、だからって相手の気持ちを無視してすることはダメなの」 「だからそれは反省しています。もう二度としません。カツラさんとも約束しました」 フヨウは真剣な眼差しで話し続けた。 「俺、カツラさんが本気で好きなんです。今でも大好きで。だからここで一緒に働きたい。それに、仕事もようやく覚えてきたし。みんなに教えてもらったことも無駄にしたくない」  カツラは一人作業台にもたれていた。フヨウと他のメンバ―のやり取りを黙って俯いて聞いている。そんなカツラの様子にシュロは気付いた。シュロにはカツラが途方に暮れているように見えた。 「カツラ、お前はどうしたいんだ?こいつの気持ちをわかってまだ一緒に働けるのか?しばらくシフトを被らないようにするとか、対処はある」 カツラは今まで職場では恋愛関係を持ち込まなかった。相手に一方的に思われても全て拒絶し辛辣な態度をとってきた。カツラを慕っていた者はつらくなり皆店を辞めていった。古いメンバーはそれを見てきた。今回のようなことは今までなかったのだ。 「いいんだ、フヨウがいても。ようやく使えるようになってきたんだし。それに...」 「それに...なに?」 ホリーが先を言いづらそうにしているカツラに聞く。 「俺にはフヨウの気持ちが少しわかる。つらいよな?俺もタイガに避けられた時はめちゃくちゃつらかった。でもこの店があったから何とかやってこれた。だから」 「ええと...タイガさんといろいろあったんですか?」 カツラの意外な告白に思わずウィローが聞き返す。カツラの言葉はフヨウのことより一気にカツラとタイガのことへとその場にいる全員の興味を逸らしたようだ。皆思っていた。カツラを避ける者なんているのかと。 「まぁな。俺が初めて惚れた相手がタイガなんだ。俺の遅い初恋だ。それで初めて知った。拒絶される辛さを。だからフヨウがやってしまったこと...今回は大目にみる。俺はタイガと将来の約束もしているから。フヨウの入る隙間はない。お前は早く俺から卒業しろ」 カツラがフヨウに向かって言い放った。 「カツラさぁん...」 甘えた声でフヨウがカツラに泣きついた。好きで好きでたまらないというふうに。いつも通りカツラはそんなフヨウをスルーだ。 「じゃ、そういうことで。みんなも頼むわ」 ホリー、ウィロー、シュロは顔を見合わせカツラの言う通りにするしかないとお互いの目を見て確認しあう。他でもない被害を受けた本人が問題ないと言い張るのだから。 「なにかあったらすぐに言ってね。カツラだけじゃなくてフヨウも」 「ホリーさん、必ずそうします」 「抱え込めなくなる前に言って。話聞くから」 「ウィローさん...」 「お前ら、いい奴らだ」 カツラがホリーとウィローに肩を組んだ。そんな三人をフヨウは羨ましそうな目で見ていた。ウィローは少し照れている。カツラはシュロと目が合った。 「シュロも」 シュロは黙って頷いた。そして思っていた。「カツラには将来を約束した相手がいる」カツラをそこまで夢中にさせるタイガという男はどんな男なのか?そして今だに素直にカツラに気持ちをぶつけるフヨウが少し羨ましかった。

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