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第154話 12-3

「婚姻届⁈俺と...タイガのだよな?いつ?タイガが渡したのか??あれにサインしたら夫婦になる。彼は...証人覧にサインをしたのか?タイガが頼んだということか?いつの間に...?」カツラは展開の速さについて行けず、頭の中は?マークだらけだった。 叔父は笑顔でカツラに視線を移すと固まるカツラが目に入った。そして瞬時に彼は理解した。タイガが一人先走ったのだと。 「カツラくん、この件をタイガから聞いてなかったのかい?」 「あの...」 カツラはタイガに合わせようかと迷ったが、叔父の目は嘘は許さないという深い目をしていたので、彼を(あざむ)くべきではないと思い黙って頷いた。 「そうか。全くあいつは。すまない。この件は忘れてくれ」 「え?いや...でも」 叔父は薪を手にしてさっさと元居た場所へと戻り始めた。カツラも薪を取り慌てて彼の後を追いかける。 「叔父さん、向こう側の渓谷(けいこく)、景色がとても綺麗らしいよ。あとでみんなで見に行こう?食事用の火もそろそろ用意したほうがいいかもしれない」 なにも知らないタイガは呑気に叔父に話しかけた。薪を足元に置き、叔父はタイガをじっと見た。 ようやくカツラが彼らに合流したときには叔父がタイガに激しく問い詰めているときだった。 「どうしてこういうことができる?一緒に人生を歩もうとしている相手を出し抜くなんて信じられん」 「出し抜いたわけじゃない。俺たちが一緒になるのは合意だ。話す暇がなかったからだ」 「一緒に暮らしているのにか?どんな理由であれカツラくんにもう少し時間をくれと言われるのが嫌だったんだろ!」 「そうじゃないっ!!」 「そんな独占欲丸出しでどうする!人生は長いんだ。お互いに思い合わなければ苦しくなる」 「俺はっ」 その時タイガがカツラに気付いた。タイガはバツが悪いように視線を落とし口をつぐんでしまった。 叔父は忙しいタイガの父親に代わりタイガの面倒を見てきたと聞いていた。タイガの真面目で真っすぐな性格は叔父譲りなのだろう。 今タイガは父親代わりの叔父に厳しく叱責されていた。まるで小さな子供のように歯を食いしばり言いよどむタイガの表情をみて、カツラはタイガを抱きしめたい衝動に駆られた。 「カツラくん、申し訳ない。みっともないところを見せてしまって。タイガにはまたきちんと話しておくから」 「そんな...」 「タイガ、カツラくんに謝りなさい。今後の二人の関係を揺るがしかねない。信頼関係に関わることだ」 叔父のきつい言葉にタイガははっとなり、潤んだ瞳でカツラを見た。 「カツラ、ごめん。俺は別に出し抜こうと思っていたわけじゃなくて...。ただ...」 カツラは走馬灯(そうまとう)のようにタイガと出会ってからこれまでのことを思い返していた。やっとここまできた。タイガとの日々は未知の世界だった。婚姻届など自分が目にするなど思いもしなかった。最愛の人が用意してくれたのだ。 先ほどまでは初めてのことでパニックに陥っていたが、今タイガの姿を目にし、自分の気持ちはゆるぎないものだと確信した。 タイガは言葉に詰まり、カツラの返事を待っている。カツラは空を見上げ大きく深呼吸をした。そのまま叔父の目をまっすぐに見て自分の気持ちを話す。 「俺、サインします。タイガはもうサインしているんですよね?」 「カツラ!」 カツラの返事に叔父は目を見開いた。タイガも驚きのあまり声をあげた。 「カツラくん。とても大切なことだ。もっとゆっくり時間をかけて考えていいんだ。タイガに気を使う必要はない」 叔父は(さと)すようにカツラに言った。 「ありがとうございます。でも時間をかけても答えは一緒です。タイガとずっと一緒にいたい。タイガを俺だけのものにしたいです」 カツラは笑顔で答え、婚姻届を受け取るため手を差し出した。叔父はしばし躊躇(ちゅうちょ)したが、黙って婚姻届とペンをカツラに手渡した。 手にした婚姻届にはタイガのサインがあった。カツラは隣に自分の名をサインした。 タイガはカツラがサインするのをじっと見ていた。サインし終わりカツラがタイガの視線に気付き、タイガを見つめ返す。 「タイガ、これでいい。だろ?」 優しく微笑みカツラがタイガに言った。 「カツラ!」 タイガは叔父が目の前にいるにもかかわらず、カツラを強く抱きしめていた。叔父は首をふりながらため息をつき一言付け加えた。 「タイガ、カツラくんの親類に挨拶してきなさい。それを提出するのはその後だ。もう一つの証人欄にサインをいただいてくるんだ。いいね?」 「叔父さん、ありがとう。わかったよ」 「全く。我が甥ながら真っすぐすぎて扱いづらい。カツラくん、どうか愛想つかさないでやってくれ」 「心配無用です」 タイガとカツラは見つめ合い微笑んだ。

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