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第157話 13-2

今夜『desvío』は珍しく暇だった。もう一時間もすれば閉店時間だ。たまにはこんな日もあっていいなと思いながらウィローはカウンター内を整理していた。 ギィィ... 店のドアが開いた。 「いらっしゃいませ」 今夜最後の客だろうかと思いウィローが笑顔を向けると、そこには小さな女の子が立っていた。顔立ちは全く異なっていたが少女の容姿はカツラと同じ黒髪に翠の瞳で目をひいた。 「こんばんは。どうしたのかな?パパとママと待ち合わせかい?」 幼い女の子がこんな時間に珍しいと思いウィローは彼女のそばに歩みより、しゃがんで優しく問いかける。 「あの...カツラって人いる?」 見た目の年齢に反してとてもしっかりとした少女だ。 「え?カツラさん?」 カツラの親戚だろうかと思いウィローは少女に少し待つように伝えカツラを呼びにその場を離れた。 「俺に?誰だろ?」 ウィローがマジマジとカツラを見る。 「なんだよ?」 「えと...カツラさんと同じ容姿で...」 「はあ?」 ウィローの言葉にその場にいた一同カツラに注目する。カツラはやれやれと言った感じでウィローのあとについて行く。 入口そばのカウンターには小さな女の子が行儀よく椅子に座っていた。幼稚園ぐらいだろうか? 「カツラさん、あの子です」 ウィローに言われカツラは少女をじっと見た。「どこかで見たことがあるような...」カツラが無言で見つめていると、少女はこちらに顔を向け驚きの表情を見せた。次にはキラキラした笑顔にかわりぱっと椅子から降り、カツラの足に抱きついてきた。 「パパっ!」 「え?!」 「ええっ!!」 カツラとほぼ同時にウィローも驚きの声をあげる。 「ママの言ってた通り!!王子様みたいに素敵な人だって。ミナのパパはすごくかっこいい人だってママが言ってた!」 「ちょっ、ちょっと待って。ママって?ママの名前は?」 なんのことかわけがわからないカツラは(ひざまず)いて少女の肩に手をつき目線を合わせる。彼女はカツラの顔に見惚れうっとりとしている。人を魅了するカツラの美しさは年齢に関係ないのだとミナを見てウィローは改めて実感した。 「お嬢ちゃん、まず君の名前教えて?」 なおもカツラが優しく語りかけると少女はようやくはっと我に返り自分の名前を名乗った。 「あたしはミナ。ママはエリア」 「エリア?」 カツラは、記憶を辿る。聞き覚えがある名前だ。「エリア、エリア、エリア…エリア!」 「あのエリアか?大学のときにゼミで一緒に旅行に行ったことがある。たしか、バースだったかな。ママから聞いてる?」 「うん!パパとバースで愛し合ってミナができたって言ってた!結婚の約束もしたって。理由があってその時は結婚できなかったって」 ミナはキラキラした目で話し続ける。 「本当だったんだ!ママがミナは大人になったらすごい美人になるって!だってパパがすごい綺麗な人だからって。よかったぁ!」 ミナはそのままカツラに抱きついた。 今の状況を間近に目にしたウィローは驚きのあまり固まっていた。ミナの肩越しにカツラと目があった。「違う」カツラはウィローに声を出さずに言った。 客が少ないとはいえ店はまだ営業中だ。ミナを事務所に連れて行き、子供好きなバイトに世話を任せカツラは店内に戻った。 「ちょっとどういうこと?」 早速ホリーが興味深々と言った感じでカツラに尋ねる。 「俺の子じゃないよ」 「顔立ちはともかく髪も瞳も同じよ?」 「違う。しかも絶対にありえない」 「カツラ。関係を持ったら可能性は否定できないわよ?」 「俺は断言できる。そんな無責任なことはしない」 なんの根拠があるのかカツラははっきりと断言した。ホリーはウィローから聞いた先ほどの少女とカツラのやり取りから違う質問をした。 「結婚の約束したの?」 「まさか!」 「あることないこと、子供にふき込んだんだろ。会ってどういうつもりか問いたださないと」 カツラはミナの母親のエリアのことを思い出していた。彼女とは大学卒業間際に親しくなった。ゼミの卒業旅行でなんとなくの流れでエリアを抱いた。エリアと体の関係をもったのは数える程度。カツラは避妊はちゃんとしたし、彼女の中でも果てなかった。自分が父親になるなど考えられなかったカツラは、そのことに関してはどの相手に対しても細心の注意を払い、神経質に気を付けていたのだ。 しかも避妊が100%のものでないとしてもミナが自分のこどもではないとカツラには自信があった。エリアと別れてから8年以上たつのだ。ミナの年齢では計算が合わない。エリアとの別れも特に問題なかった。 「いったい何故今さら?それにミナは俺に全く似ていない。同じなのは髪と瞳の色だけ。俺をごまかせると思ったのか、周りの目を欺くためか?」自分を父親と信じているミナはかわいそうだが、好きでもない女と一緒になる気はサラサラなかった。カツラには今、最愛のタイガがいるのだから。

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