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第162話 14-3

「ありえないっ!」退院し自宅に着いたカツラは愕然とした。婚約者だと聞かされたタイガと同棲している事実に打ちのめされる。唯一くつろげる自宅に四六時中他人と同じ空間にいるなんて今のカツラには耐えられなかった。 「カツラ、部屋片づけたんだ。あ、これ出張のお土産で」 病院からずっとつきそうタイガにカツラは素っ気無い態度を取り続けていたが、タイガはそんなことはお構いなしで呑気に話しかけてくる。カツラは独りよがりなタイガのこのやり方にイライラしていた。 「お前さ、どういうつもりなんだ?」 「え?」 「俺はお前のこと知らないんだ。そんなやつと一緒に暮らせるかっ」 「カツラ。でも一緒にいないと思い出せることも思い出せないかもしれないだろ」 「俺は別に思い出したくない。困らないしな。お前、絶対に束縛野郎だろ。俺が一番嫌いなタイプだ」 カツラの指摘にタイガが一瞬(ひる)んだように見えた。「ほら、図星だな」カツラは言ってやったと少し気持ちが晴れたが、タイガは(おもむろ)に財布を手に取り、中から紙きれを取り出した。カツラが怪訝そうに見ているとタイガが紙を差し出す。 「これ、俺たちの関係だ」 渋々カツラがタイガから差し出された紙を受け取る。紙を見てカツラは息を呑んだ。「嘘だろっ!婚姻届け!!」そこにはタイガの署名と一緒にカツラの署名もあった。どう見ても自分の筆跡だ。 「わけわかんない。でも...これは完成していない」 カツラはなんとか逃げ道を探そうとタイガに言い放つ。 「そうだよ。カツラのおじいさんに会いに行く予定だったんだ。俺が出張から帰ったら。それで署名してもらうことになってた」 「ありえない...」 カツラは婚姻届けを握りしめソファに座り込んだ。タイガは婚姻届けをそっとカツラの手から取り、隣に腰を掛けた。 「カツラ。戸惑うのはわかるけど、本当のことなんだ。俺たちは愛し合っていた。俺と向き合ってくれ」 「向き合ったってなにも変わらないかもしれないだろ。俺はお前を好きになる気がしない」 カツラはタイガを見ずに冷たく言い放つ。 「部屋、あるんだよな?間違っても俺のベッドに入ってくんな。嫌なら出ていけ。その方がせいせいする」 カツラは立ち上がり寝室に入りドアをバタンと閉めた。タイガはカツラのつれない態度にやりきれない思いになった。出口のない迷路にさ迷ったような気分になっていた。 「カツラ、タイガ君と話してる?」 「あ?」 カツラが記憶をなくしてから二週間近くが経っていた。記憶は相変わらず戻る兆しがない。仕事には何の支障もないが、カツラの以前とは違う冷たい態度に過去のカツラを知らないメンバー達は戸惑っていた。それはカツラに思いを寄せているフヨウにとっては大きなものだった。 「カツラさん、俺のことマジでガン無視です。さすがにつらくて」 「フヨウ。カツラさんは今までそうだっから。タイガさんと出会う前までは」 カツラの態度を愚痴るフヨウをウィローは慰めた。「少しづつだから気付かなかったけど、カツラさん、タイガさんに会ってから丸くなってたんだな」ウィローにとっては尊敬し親しみを持つ先輩であるカツラだったが、カツラ本人からよく思われないと態度はかなり辛辣なものだった。「こんなにきつかったんだ」カツラの変わりようを改めて実感する。このまま記憶が戻らなければ、カツラとタイガ、二人はどうなるのだろう。ウィローはホリーから聞いた病室でのやり取りを思い出だし、タイガを気の毒に思った。

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