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第163話 14-4

「この間早番の日、タイガ君店に来たのよ。帰ってなかったの?」 ホリーからタイガが店にわざわざ自分を迎えに来たことを聞いてカツラは嫌悪感を感じた。「なんて奴だ、束縛野郎がっ」ますますタイガへの嫌気がさしカツラが悪態をつく。 「家に帰るとあの図体のでかいやつがいるんだぞ。くつろげるかっ」 「カツラ、あんたまさか女遊びしてないでしょうね?」 「は?なんだよそれ」 「絶対にだめよ!タイガ君と取り返しつかないことになるわよ」 「俺はあいつと...」 カツラが意見を言う前にホリーが畳みかける。 「もし記憶が戻ったら?後悔してもしきれないわよ!一生自分を許せなくなるんだからっ」 ホリーの言い方は真に迫っていた。「そんなになのか?」カツラは返す言葉が思い浮かばない。なんと言われようと今のカツラにはタイガのことなど全く記憶にないのだから。 実際カツラは趣味のよい店で酒をちびちびと飲んでいるだけだった。まだ誰かと肌を重ねる気にはなれず、男女問わずに声をかけられた時点で帰宅していた。とにかく一人になりたいのだ。今のカツラは浦島太郎状態だ。自分の置かれた状況をゆっくり確かめたいのにそれができない。カツラはあいつが家にいるせいだと全てをタイガのせいにしていた。 その日もカツラは早上がりでおなじみの店で酒を飲んでいた。ここはホリー達店の仲間とも来たことがある店だ。 一時間程すると隣に誰かが腰を下ろした。 「最近よく来ていない?この間も見かけたの」 顔を向けると肩までの金髪に茶色の瞳の女性が隣にいた。赤いリップをひき魅惑的な分厚い唇をより一層際立たせていた。彼女は好奇心旺盛そうな目でカツラを見ている。今夜はカツラとこのまま夜をすごすつもりだとその表情に現れていた。 「よく来るんだ?」 「まぁ、水曜と金曜は」 「なるほどね」 声をかけられたから今夜もこの辺が頃合いかと思い席をたとうと思った瞬間、店のドアが開いた。なんとなく圧を感じそちらに目を向けるとそこにはタイガがいた。タイガはカツラの姿を認めるとぱっと顔を明るくした。 「カツラっ、良かった、見つかって」 そう言ってカツラに歩み寄った。 「お前どうして...」 「ホリーさんが教えてくれたんだ。多分ここにいるって」 ホリーのやつ、余計なことを!カツラはホリーのお節介にはらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じた。 「カツラ、帰ろう?まだ本調子じゃないんだし」 タイガがカツラの腕に手をかけた瞬間カツラが言い放つ。 「俺は病気じゃないっ。もう普段通りだ。放っておいてくれっ」 そしてタイガの手を振りほどいた。 「カツラ...」 「原因はお前だ!お前がいるからくつろげないっ。息が詰まりそうだ」 カツラはなりふり構わず怒りをタイガにぶつける。 二人のやり取りを聞いていた金髪の女はカツラの肩にそっと手を置きタイガに言う。 「放っておいてあげたら?彼のことは私に任せて」 タイガは信じられないという目で女を見た。 「カツラっ」 カツラはタイガを無視し、酒を一気に煽る。 「帰れっ、うっとおしい」 タイガはその場に固まった。 「大丈夫?」 女が甘えるようにカツラの肩にもたれ声をかける。カツラはタイガとは違い、女のことは振りほどかなかった。 「わかった、帰るよ。あまり遅くならないように...な」 タイガはそう言ってドアに向かった。最後にカツラをちらりと振り返る。タイガが前に向き直る瞬間カツラはタイガに視線を向けた。「また、あの顔...」カツラの心に突き刺さる表情。カツラは記憶を失くしてからずっとイライラしていた。なにか大切なものを失くしてしまったような気がしてならなかった。しかし、それがタイガであるとは今のカツラは決して認めたくなかった。 帰宅するとタイガはすぐに荷造りに取り掛かった。自分がいたらカツラはくつろげないと言った。こんな状況でカツラのそばを離れたくはなっかったが、このままでは自分のことを思い出すどころか嫌われる一方だと思い距離を置くことにした。 このまま記憶が戻らなければ…。また新たに関係を築かなければいけない。しかし、今のカツラの態度からして、それはかなり難しいと認めざるをえなかった。 先ほど店でカツラが女性と親しくしているところを見、不安が押し寄せる。病院関係者からも連絡先を受け取っているのを目にした。 記憶を失くしているとはいえ、カツラが自分以外の者と体を重ねたら自分は耐えることができるだろうか。もう以前の二人には戻れないのかもしれない。それを考えるのはつらすぎてタイガは今すぐこの現実から逃げだしたい気分でいっぱいだった。 「これも俺が持ってた方がいいんだよな」タイガはカツラに贈った翡翠のリングを見つめる。リングを見つめ続けても状況は変わらない。切り替えるしかないのだとリングをポケットにしまう。そろそろ行くかと思ったとき、ドアの開く音がした。 タイガが帰宅してからそんなに時間が経っていない。先刻の雰囲気からしてカツラの早い帰宅は予想外だった。 迷ったがこうして顔を合わせるのはしばらくないのかもしれないと思いタイガはカツラを出迎えるため玄関に向かう。 「カツラ?おかえり、早かったんだな」 タイガは不安を感じとられないようになるべく平静を装い話しかけた。 カツラはタイガの姿を認め恨めしそうな表情を浮かべる。そのまますれ違いソファにどかっと腰を下ろした。 「カツラ。俺、自分の家に帰るから。ゆっくりくつろいで。たまに顔を見に来るかもしれないけど」 カツラはぼーっとしたままでタイガの話をきいているのかタイガにはわからなかった。とにかく早くカツラを一人にしてやろうとタイガはカツラからあてがわれた自分の部屋に戻り、先ほど荷造りしたスーツケースをとじた。立ち上がりドアの方に向くとそこにはカツラが立っていた。

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