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第167話 14-8

「フジキさんもカツラに会いたいって」 「そうか。俺も会ってみたいな」 セックスのあと、裸でベッドに横になりタイガと話をしていた。記憶をなくす前に親しくしていた共通の友人について。 カツラはタイガから聞いたタイガのかつての恋人、カエデのことが気になった。タイガの話では自分も友人としてとても親しくなったとのことだが。全く記憶にないことなので信じられない気分だった。今のカツラはタイガを独り占めしたくてたまらない気持ちでいっぱいだからだ。 タイガとカエデ、二人の関係について物思いにふけりながらタイガの上に体を預け、カツラはぼーっとしていた。タイガの胸からは彼の鼓動の音が聞こえる。それを聞いているととても落ちつく。タイガもカツラの肩を優しく撫でてくれている。他人とこんなにまったりとした満ち足りた時間を過ごすことがあるなんてカツラには信じられなかった。 カツラは意識をタイガへと向ける。ふと気づくとタイガはさっきからずっと黙ったままだ。カツラは上半身を起こし、タイガの顔を覗いた。 「カツラ、どうした?」 タイガは時々なにか考え事をしている。カツラは気付いていた。「おそらくは昔のことを思い出しているんだ。俺が記憶をなくす前のことを」そんな時、タイガは少しつらそうな表情をしている。カツラはタイガのそういう表情を見るとたまらなくなった。 「いや、別に...」 甘えるようにキスをし、またタイガに体を重ねた。「思い出してやりたい...」カツラは最近こう思うようになっていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 記憶を失くした当初では考えられなかったが、カツラは今ではほぼ暇があればタイガのことを考えていた。初めてのことにこれが愛しているということなのかと実感する。 自分の中ではほぼ答えは出ていたが、始まりが始まりなだけに、照れ臭さもありカツラはまだ素直な気持ちをタイガに伝えることができていなかった。タイガのためにタイガの好きなものでも作るかとカツラは自分のレシピノートをパラパラとめくった。見覚えのないレシピが目に入る。どれも日付は一年前のものだ。魚料理が続いていた。「タイガは魚が好きだったな。俺があいつのために考えたレシピ?」 カツラは自分のレシピから魚料理を一つ選んだ。どうしても家にない材料は店のものを拝借すればいいと、その日は休みだったが開店前の早い時間に『desvío』へと足を運んだ。 開店時間よりかなり前だが『desvío』の裏口のドアは開いていた。カツラはそっと店に入る。店内の方からは話声が聞こえた。 「けちけちしてんな。なんでそんなに時間がかかるんだ?」 「向こうが不作なんだよ。俺が性悪してるっていうのか?」 どうやら店長がいるようだ。酒の取引相手と話しているらしい。 「うちでは人気の酒だ」 「んなことはわかってる。だからこっちも大変なんだろうが」 「店長、おつかれさま」 「おお、カツラか。どうした?今日は休みだろ?」 「驚いた。えらいべっぴんだな」 店長と話していた酒の取引相手はカツラを見てたまげたという顔で言った。 「どうも」 カツラは愛想笑いを浮かべた。 「カツラ、うちの取引相手だ。昔からの友人でな」 「うちはいい酒しか扱ってないからな」 「だからそれならもっとな」 先ほどの話の続きを二人は始めた。どうやら希望の酒をもっと店に卸してほしいと店長が頼み込んでいるようだ。 「ま、こんな美人がいるなら一肌脱ぐか」 そう言って酒の問屋は豪快に笑った。 「なにか用か、カツラ?」 店長が思い出したようにカツラに要件を聞いた。 「うん、ちょっと。え..!」 店長に近づくとカウンターの上に置かれた箱の中には酒瓶があった。見覚えのある酒。 それはカツラがタイガに最初に振舞った朱色の酒だった。カツラが酒瓶に釘付けになっていることに気付き店長が言った。 「知っているだろ?こいつは本当に人気がある酒なんだ。すぐに売り切れる。なのに久々の入荷がこの数本だと」 店長が朱色の酒瓶を一本持ち上げて見せる。 「どこの店もほしがるんだ。ま、もう少し入れれるようにやってみるがな」 カツラには二人のやり取りはもはや耳に入っていなかった。 朱色の酒。 それを見た瞬間、全て思い出した。タイガとの出会い、両想いになるまで。二人の生活、プロポーズ…、自分がどれほどタイガを愛しているか。 カツラはいてもたってもいられなくなり、一目散に店を出る。 「カツラっ?」 カツラには店長の声は聞こえていなかった。そのままタイガの会社へと向かった。

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