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第176話 15-2

この辺りは季節の移り変わりが早い。そのため長期休暇に入るとすぐに出かけるようにしていた。描きたいものが移ろってしまう前に。 「まさか結婚の報告とは」 久しぶりにカツラから届いたメールを確認すると、一通目は紹介したい相手がいるとのことだった。日程調節をしていたら次のメールではその必要がなくなったと。そして今回は婚姻したと事後連絡だった。 詳細は会って話すということだが、相変わらずふらふらしているのではと孫のカツラのことがさすがに気にかかった。そのためいつものルーティーンをやむなく中止し、カツラの祖父のソロは急遽戻り孫に会うことにした。 ホテル代わりに我が家に泊ると言ってきたので、自宅の掃除を始める。 彼の住まいはログハウス風の戸建てで自然の風合いを感じられるモダンな雰囲気のある家だ。一人暮らしなので壊れたまましばらくそのままにしておいた窓の蝶番(ちょうつがい)も直さなければいけない。 「こんにちは」 「おう、ゼファー。来てくれたか」 「どこの窓?」 「リビングの。玄関側の窓だ」 「おじさん、ドアもやばいよ。虫食ってるじゃん。直しておこうか?」 「そうか?じゃ、頼む」 ゼファーはカツラの幼馴染だ。彼はカツラとは違いずっと地元に残り、家の稼業を継いでいる。彼の家は建築業を扱う家だ。カツラが連れてくる客人のために古くなった家の修繕をソロは依頼した。 「でも急にどうしたの?どんなに言っても今まで直そうとしなかったのに」 「それがな。カツラが帰ってくるんだ」 「え!」 「といっても顔見せにくるだけだ。それでもずいぶんご無沙汰だろう。お前、前に会ったのは...」 「前にカツラが帰ってきたとき俺は旅行中で会えなかったから。連絡くれないんだもんな」 「期待するほうが間違ってる。あいつはそういう奴だろう」 ゼファーは飄々と自分の孫をけなすソロに「あんたにそっくりだよ」と心の中で悪態をついた。それでも久しぶりに幼馴染に会えるのは嬉しかった。しかもカツラはゼファーにとっては特別な相手だ。 ゼファーはゲイではないが、はじめて人を好きだと意識したのがカツラだった。はじめてカツラを目にしたとき、まさか自分と同じ男だとは思わなかったのだ。カツラの裸を見るまでは...。彼の足の間に自分と同じものがついているのを目にしなかったら同性だと信じられなかっただろう。あの時の衝撃を思い出すと、ゼファーは今でも身震いするほどだ。 男と知らずにカツラに恋をしてしまったのだ。その後数人の女子と付き合いもしたが、胸の奥にはカツラへの淡い思いがあったゼファーは、前に進むためにカツラに自分の気持ちを告白した。もちろん初恋は実らず、思いを打ち明けたゼファーをカツラは一笑した。「俺は男だから女にしか興味がない」と。 それでもその後友情が壊れることはなく、楽しい青春を共にに過ごした。帰ってきたカツラと久しぶりに積もる話でもしようと思っていたゼファーの耳に衝撃の言葉が耳に入る。 「結婚したってな。相手と一緒に帰ってくるんだ」 「はあぁ!?」 ソロの報告にゼファーは思い切り驚愕の声をあげた。 「ま、あいつらしいっちゃぁ、あいつらしい」 「いいのかよ、おじさん!」 「もう一人前の大人だ。しかも相手は男だと」 「はああぁ!!」 ゼファーは先ほどよりも大声で反応した。 「俺の孫だ。性別は関係ないんだろな。なんせ遺伝子がいいからな。それ終わったら玄関のほうも頼むな」 ソロは固まるゼファーに気付くことなく自分のアトリエの方に向かってしまった。ゼファーが作業に取り掛かったのはそれからしばらくしてからのことだった。

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